《MUMEI》

何所へ行くのかとの母親からの声に
振りかえりながらコンビニに行ってくる、と適当な理由をつけそのまま出掛けていた
何故、向かう事をしているのか
それを自分自身不思議に思いながらも高岡は走る事を続ける
「ここが、一の辻」
途中差し掛かった十字路
其処の角には、母親の言った通り石で造られた地蔵の様なものがあった
地図と照らしわせて見れば、そこにはまるで印の様な墨の痕が
辻は全部で四ヶ所地図には記されており
この全てを巡って行けば、何か解るのではと高岡は考えたらしかった
一歩、その中央へと踏み込めば
まるでソレを待ち望んでいたかの様に手形達が現れ始める
「こ、恐くなんて、ないんだから」
実体ではないそれらに虚勢を張って見せ
全身小刻みに震わせながら対峙すれば
それらはゆるり高岡へと迫り寄って来た
少しづつ、ゆっくりと
段々と詰められる間合いに恐怖心が現れ始め
来なければ良かった、と今更ながらに後悔していた
後ずさろうとした高岡の背後
見覚えのない少年が一人そこに立っていた
こんな処に子供が、と訝しむ高岡へ
その少年は満面の笑みを浮かべながらゆっくりと高岡へと歩み寄って
徐に高岡の髪を掴みあげていた
強い引きに痛みを覚え、離すよう少年へ言って聞かせる
だが、少年は離す様子はない
「ねぇ、お願いだから離して」
痛いのだと訴えれば少年は意外にもあっさりと手を離した
その直後
少年の脚元の影が妖しく蠢く事を始める
「な、何?」
影から湧くように現れてくるのは更に数を増した朱の手形
まるで其処を本物の手が這っているかの様に地面に朱の筋を描きながら
高岡の方へと、それら全てが迫り寄ってくる
「来、ないでよ。来ないで!!」
目の前の恐怖にやはり耐えられなくなってしまい
逃げようと踵を返す高岡
だが、それを少年は見逃す事をしなかった
「……標糸(しるべいと)」
一言短い声が聞こえ、高岡の髪を引く手は更に力を増す
痛みに顔を顰めながら、それでも少年から逃れようと高岡は手を払うばかりだ
「離して、離して!!」
無意識に眼尻に涙を浮かべ喚き始めた
次の瞬間
巻き起こった突然の強風、その風に煽られ朱が全て飛んで舞う
視界を全て覆いつくしたその奥、高岡は見覚えのある後ろ姿がある事に気が付いた
和装で、巨大な扇子を持った男
その姿を視界の隅に捉えるなり身体から力が抜け、高岡はその場へと座り込んでしまう
「……わざわざ迷いに来るとはな。馬鹿か、テメェは」
散々な言い草も今は気にならず
高岡は立つ事も忘れ、赤ん坊の様に這って男の元へ
手を伸ばせば、男はその手を受け取ってくれた
相当に恐がっている様子の高岡に、男は溜息をつくと、彼女を軽々肩の上へと担いで上げた
「……こいつを、惑わせるな」
子供へと一瞥をくれてやりながらの低音で凄んでやれば
その少年は男の方を僅かに見、そして姿を消した
男は少年の消えた後を暫く睨めつけ、そして歩く事を始める
「ちょっ……、降ろしてよ!」
「黙れ。暴れると落とすぞ」
脅すような言葉に高岡の動きが止まる
大人しくなった彼女の様子に肩を揺らすと男はその場を後に
それまで感じられた違和感が途端に無くなり、高岡はほっと胸を撫で下ろしていた
「……ねぇ」
何を言う事もせず歩くばかりの男
その無言に耐え兼ね徐に声をかければ
返ってくる声はなく、だが視線は高岡へと向いた
「……一体、何が起こってるの?」
自身の周りで突然起こり始めた不可解な出来事
不安ばかりが募り、問わずにはいられない
だが、やはり返ってくる答えはなく、暫く歩いて高岡は男の方の上から降ろされた
其処は高岡宅の前
帰れ、と背を軽く押され
だが高岡はソレに従う事をせず、男と向かい合わせになる様踵を返す
「答えて。アンタ、何か知ってるんでしょ?」
男の着物の袷を掴み引きとめれば
困った様な表情が浮かび、だがやはり返ってくる答えはなく
男はそのままその場を後にしていた
その背を見送るしか出来ない高岡は、深々しい溜息をつきながら家の中へと入る

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