《MUMEI》
いけない願望
定時の夕方6時。
れおんはイスの上で軽く伸びをした。賢吾はデスクで伝票を記入している。
「お嬢。雑務でまだ帰れん。シャワー浴びてきてええぞ」
れおんは一瞬戸惑った。
「変なことしないでくださいね」
「アホか」
れおんは笑みを浮かべると、和室へ行った。ナース服を脱ぎ、下着を取ると、バスタオルを巻いてシャワールームへ。
さすがに緊張した。
「大丈夫だよね?」
れおんはシャワーを浴びて、髪もしっかり洗うと、脱衣所に出た。
段々と汗が引かない季節になっている。
「ふう」
それでも薄着でいられる開放的な季節は好きだった。
れおんが和室に入ろうとすると、賢吾が診察室から呼んだ。
「お嬢」
「はい」
「真実を話そう」
「真実?」
れおんは診察室へ向かった。バスタオル一枚。この緊張感がたまらない。
「お嬢。もりやす君のマッサージどうやった?」
れおんはイスにすわる。
「気持ち良かったですよ」
「おなかよじれたやろ?」
「そこまでは行かないですよ」
れおんが笑うと、賢吾は腕組みした。
「何や、もりやす君もまだ、わいの域には達していなかったか」
れおんがケラケラ笑った。
「まるでもりやすさんよりも自分のほうが上手いみたいな言い方」
ピキーン!
賢吾の目が光る。
「お嬢。わいをだれ思うてんねん」
「だれですか?」
「そうや、その診察台に寝てみい。ちょこっと指圧されてみればわかるよ」
「その手には乗らないですよ」
賢吾は少し考えると、言った。
「実はな。あの店、マッサージ教習所ゆうの開いてんのや」
れおんは興味を持った。
「マッサージ教習所?」
「旦那や彼氏がマッサージ上手くなれば、奥さんや彼女はご家庭でうっとりできる。ええ商売やろ?」
「まじめなマッサージですか?」
「初級は普通の指圧や。もっとテクニシャンになりたい男性には、町田店長直伝の裏技講習がある」
れおんは自分の知らない世界の話に、驚きを隠せない。
「モデルも若い子や。もちろん一糸纏わぬ姿でっせえ旦那!」
「そんな話をするのはセクハラですよ」れおんがふくれた。
「そんなもんバスタオル一枚で挑発しといて、セクハラもないやないか」
「挑発なんかしてませんよ!」れおんが目をむいて怒った。
「待ちや。こっからが大事な話や」
「いつも前置きが長いんですよ」
「お嬢。実はもりやす君もわいも、その裏技講習の生徒や」
れおんは驚いた。
「嘘」
モデルの女の子をベッドに寝かせて、ここを攻められたらアウトゆう秘密のツボを唯店長が指導するんや」
れおんは両手で制した。
「そこの部分は飛ばしましょう」
「純やなお嬢。で、優秀でイケメンのもりやす君がスカウトされたわけや」
「スカウト?」
「そりゃあ女性客にしてみればイケメンのほうがええやろ。いきなりわいが登場したら単なる夜這いプレイやないか」
「きゃっはっはっは!」
「受けた」賢吾は喜んだ。
「そんなことないですよ、院長素敵ですよ」
「そう言ってくれるのはお嬢だけや。一般論としてはやっぱりもりやす君やろ?」
れおんは首をかしげて同意しない。賢吾は嬉しいのか笑顔で語った。
「若い主婦はな、旦那よりも若くてハンサムな男子にな。危ないマッサージされたいゆう願望があるねん」
「ないですよ」
「独身女子といけない主婦はちゃうよ」
「旦那さんがかわいそう」
「旦那は旦那でピンサロやヘルス行ってるからええんや」
れおんは呆れた。
「何のために結婚したんですか。あたしはいつまでも恋人同士のようなときめきを持っていたい」
しかし賢吾はしつこい。
「結婚式のときはみんなそう思うんや。お嬢も35くらいになれば旅先で男のマッサージ指名して、いけない主婦の仲間入りや」
「絶対そんなことはありません!」
れおんが立ち上がると、賢吾が真顔で言った。
「お嬢。指圧しようか」
れおんはドキドキした。
「……はい」

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