《MUMEI》
涙
「俺、母親が嫌いだった。うざかったよ。
だって傍から見たらただの八方美人だ。
ここに来てあんたを見た時、同じだって一目でわかったんだ。
だって、対する人によってあんたの見え方が全く違うんだ。
あんたは俺の母親より、もっと完璧に自分を演じ分けてるから、周りがそれを不自然に思わない。
ある意味才能だよな。
どんなことでも全く表情を変えず上手く切り抜けてる。多分無意識だろうけど」
「……それで何が言いたいの?」
「あんたもこのままじゃ、あの人みたいになる。俺はそれを止めたい」
多田は、エリナの前に立ってまっすぐにエリナの顔を見下ろした。
目を逸らせられない。
彼の目はきれいに澄んでいた。
多田は話を続ける。
「母親が倒れるまで、俺はその悩みに気付いてやれなかった。
俺が教えてあげればよかったんだ。ほんとの自分のつくりかたを」
「作り方?なにそれ。自分探しでもしろって?」
馬鹿にしたように、エリナが笑う。
「違う。自分を探しても見つかるはずないんだ。
だって自分なんてどこにもない、作っていくものなんだから。
でも、あんたはまだ作ろうともしてない。
あんた、きっと親子喧嘩さえしたことないだろ?」
親子喧嘩なんてテレビの中の出来事だ。
「トモダチと本音で相談し合ったこともない。どこかで一線を引いてる。
そんなの友達じゃない。
あんたも気付いてるはずだ。上辺だけでしか生きてないって」
確かに、いくらトモダチを増やしても携帯が鳴ることはなかった。
しかし、いつもどこかに、これでいいんだと割り切ってる自分がいた。
寂しかったはずなのに。
「誰かに嫌われたっていいじゃん。そんな奴は放っとけばいいだけだ。
誰もあんたを責めたりしない。無理するなよ」
多田は柔らかく微笑んでエリナを見た。
多田の顔がぼやけて見える。
エリナは自分の頬に手をあてた。
泣いている。
それは、きっと幼稚園以来の涙だった。
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