《MUMEI》 降参賢吾は最初、れおんのおへその辺りを優しく触った。 「くすぐったい」 れおんは笑っている。 「お嬢。どんなにヤバくても手出したらアカンよ」 「出すわけないじゃん。ファッション誌熟読しちゃうよ」 挑発。 「何やと」 賢吾は雑誌を持ってきて、れおんに渡した。 「読めるもんなら読んでみい!」 れおんは雑誌を手にした。 「何だ、プロレスじゃないですかあ」 「ええよそれで。どっちみち読めんから」 「あたしは読むよ」 賢吾は10本の指で10箇所のツボを同時に押さえた。 「あっ…」 れおんは雑誌を放り投げると慌てて上体を起こして賢吾の手首を掴んだ。 「ちょっと待って!」 「お嬢の負けや」 「負けじゃないよ、びっくりしただけ。でも何したの?」 賢吾は勝ち誇る。 「お嬢。人間、生まれてこのかた一度も押さえられたことのないツボを攻められるとなあ、降参するしかないねん」 「そんなこと」 れおんはもう一度仰向けに寝た。 「雑誌を読んでいられないのは認めるけど、今は油断してたのよ。不意打ちは卑怯よ」 賢吾は単なるSと化した。 「ほなら行くで。鉄の爪のストマッククローや」 賢吾がツボを押さえる。れおんは理性を総動員して耐える。唇を真一文字にして無理にすました顔をつくるのがかわいい。 「ダメだ!」 れおんはまた両手で賢吾の手をどかした。 「お嬢。それはもうギブアップと同じやろ」 「違うよ」 れおんは認めない。賢吾は背後に回ると、れおんの腕を掴み背中の下へ。 「え、何してんの?」 そのまま寝かせて下から腕を掴む。れおんは両手を使えずほとんど無抵抗にされたことに気づき、本気で慌てた。 「院長、ちょっと待って、一生のお願いだから」 しかし賢吾は聞く耳を持たない。れおんのTシャツをめくると、5本の指で5箇所のツボを押さえた。 「ちょっと、ちょっと!」 れおんは暴れた。真っ赤な顔でおなかをよじる。 「わかった、やめて!」 「降参か?」 「降参じゃない、やめて!」 絶対負けたくない相手に、関節技を決められてしまった女子レスラーのよう。 れおんは歯を食いしばってもがいた。 「いいからやめて」 「降参したら許したる」 「信じらんない」 「降参か?」 れおんは観念した。 「…降参」 賢吾が解放すると、れおんは心底悔しがった。 「悔しい。悔し過ぎる!」 「お嬢は結構意地の塊やなあ」 「マッサージ教習所はやめさせなきゃ」 「何でやねん?」 話が意外な方向に流れて賢吾は焦った。 かわいそうに汗びっしょりのれおんは、怖い顔で賢吾を睨んだ。 「院長みたいにテクニックを悪用する人がいるからね」 「だれが悪用や」 「降参って言葉がどんなに悔しいか、知らないでしょうね」 知っていたから意地悪したとは、さすがに言えない。賢吾はれおんを気遣うように言った。 「お嬢。唯店長のテクニックはわいの比ではないぞ。あまり変な意見は言わんほうがええよ」 「悪用はダメですよ。何となく見えてきた。Sの発想でお店経営すると、拷問エステになっちゃうのよね」 「拷問エステってお嬢…」 「笑いごとではありません」 ピシャリと切った。 無謀なれおんは、翌日、町田唯の店に行った。 「あら、いらっしゃい!」 唯はれおんを熱烈歓迎した。もりやすはいない。しかし宿敵マキはいた。 「こんばんは」 挨拶するマキを無視すると、れおんはさっさと行ってしまう。慌てて先に回ったマキは、緊張した面持ちで部屋に案内した。 「こちらです」 部屋に入り、ドアを閉めると、れおんは怖い顔でマキを睨んだ。 「ねえ、今度シャワールームであんなことしたら許さないよ」 「え?」 「わかった?」 「あ、はい」 マキは意気消沈の表情。れおんは服を脱いでバスタオルを巻くと、シャワールームへ向かった。 マキは下を向いて泣きそうな顔で付いてくる。少し言い過ぎたかと、れおんは反省した。 前へ |次へ |
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