《MUMEI》
彼の思い出
 アランは少女を思い出していた。処刑台に縛られたクレアを。
 クレアとは小さいころ遊んでいた友達だった。遊んでいたといってもほんの少しの間、あちらは俺のことなんて憶えていないだろう。それでも俺はわかった。わかってしまった。
 扉を蹴り壊し、クローゼットの中で縮まっていた少女の顔を見たとき、昔の記憶がふと蘇ってきたんだ。

 子供のころ、俺はやんちゃだった。近くに住む子供たちを集めていろいろな事をした。ガラクタを拾い集めて行商人に引き換えてもらってお金にしたり、森に入って木の枝でチャンバラごっこをしたり、毎日を遊び通した。
 だけどある日、その日は遊べる子供が一人もいなくて、むくれた俺はいつもではあり得ないが違う地区まで散歩に行ったんだ。たぶん誰でもいいから遊び相手が欲しかったんだと思う。
 考えたわけでもなく、感覚的に小さな路地へと入った。暗がりになったそこは他とは違って冷たくて妙に静かに感じた。
 女の子はそこにしゃがみ込んでいたんだ。ずっとそうしていたのか目を赤く腫らし、嗄れた声を出し続けていた。当然俺は話しかけた、どうしたんだって。
 おとうさんおかあさんとはぐれた。
 可哀想に思った俺は女の子の手を引いて歩いていた。いつもならぐじぐじ泣くやつは嫌いだから、泣きやめよこの。なんて言って余計に泣かせてたのに、この時だけはそうしなかった。
 手を引いて街を歩きながらいろいろなところを教えてやった。俺の中でのベスト3に入るほどのお気に入りの場所だ。幽霊の出るって噂されてた街はずれの廃墟や、最高に眺めのいい丘だったり、いつもきれいな音楽が流れてくる家。そうしているうち、いつの間にか女の子は泣きやんでて、笑顔になってた。
 不安が紛れた様子の女の子は楽しそうに話をしてくれる。
 時間がすぎるのはあっという間だった。
 笑顔で話してくれる女の子が急に立ち止まり、気がついた。自分の家のあるあたりだってことに。それからは女の子が俺の手を引っぱり、家まで連れて行ってくれた。
 今思い返してみると、女の子の家の大きさは一般家庭のそれと変わらなかった。だけどあの頃の俺にはとても大きく見えていた。外もピカピカで、掃除が行き届いていてゴミなんてどこにも落ちていなかった。
 驚いている俺を女の子は家の中へと案内してくれ、お父さんとお母さんに紹介してくれたんだ。
 その日、女の子の家を出て自分の家に帰るまでの道は長かったが、なぜか足取りは軽かった。
 出会って半年ほどで彼女はどこかへ行ってしまった。

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