《MUMEI》
狼の街
「ということで、きょうは送別会に行ってまいりまーす！」
鮮やかなブルーのワンピースを着て、珍しくお洒落をしているれおん。
定時の１８時になるとすぐに着替えて、帰る準備完了だ。
賢吾はなぜか浮かない顔をしている。
「何チャラチャラ浮かれてんのや」
「チャラチャラなんかしてないじゃない」れおんは笑顔で反論した。
「服装やない。心がチャラチャラしとる」
「何を怒ってるの。コンビニ急に辞めて、普通なら文句の一つも言いたいところを快く承諾してくれて。それだけでも嬉しいのに送別会まで開いてくれるなんて」
「それはお嬢が一生懸命働いてたゆう証拠や」
れおんはイスにすわって賢吾を見つめた。
「じゃあ院長はなぜ怒ってるの？」
「怒っとらん。大都会の夜は心配なだけや。週末は特にな」
「気をつけますよ」
「気をつけるやと！」
賢吾は興奮してまくし立てた。
「みんな気をつけて事件に巻き込まれてるやないか。ニュース見とんのか？」
れおんもムッとした。
「じゃあ週末は家の中でじっとしてろって言うの？」
「そうや」
「そうやって…」れおんは怯んだ。
「きょうからわがクリニックでは１０帰運動を実施する」
「天気運動？」
「女性従業員は全員夜の１０時には帰宅すること」
「あ、テンキ運動。何よ急に。１０時になんか帰れるわけないじゃん」れおんは口を尖らせた。
「１０時に帰るんやない。１０時にはすでに帰宅してんのや」
れおんは笑った。
「無理無理。絶対無理だよ、そんなの。そもそも従業員なんかいないじゃない。あたしは婦長でしょ？」
「婦長ならなおさら範を示さんかい」
「だれに？」
一進一退の攻防。
「ルールを破った者は罰ゲームや」
「どんな？」
「バスタオル一枚でコンビニに行く」
「院長はセクハラをやめてください」
「史上最強のナースやないか」
「そんなことしてたら何時に帰宅したって危険でしょ！」
話が意味になっていない。
「とにかく夜遊びはアカン。朝も昼も安全ではないが、特に夜は危ない。日本の安全神話なんかとっくの昔に崩壊しとんのや。都会の深夜。特に週末はな。飢えた狼やハイエナが今夜の獲物を探して街に繰り出すんや。お嬢なんか狙われるよ」
賢吾の速攻にれおんは少したじろいだ。
「心配してくれてるのは凄く嬉しいんですけど、きょうはあたしが主役だから、帰りの時間気にしながら飲んで、盛り下がったら悪いじゃないですかあ」
「一次会はだいたい９時までやろ。そっから真っすぐ帰れば１０時に間に合う」
れおんは驚いた。
「二次会のカラオケまでは行くでしょ普通」
「行ったらアカン」
「あたしの送別会ですよ」
「１０時１分でも過ぎたら罰ゲームや」
れおんは呆れた。
「院長のセクハラ罰ゲームは？」
「わいのはセクハラやない。潤滑油や」
話にならない。れおんは立ち上がった。
「都合のいい話には付き合いきれません」
「お嬢」
「はい？」
「お嬢は冒険心旺盛で警戒心皆無やから心配しとんのや」
れおんが俯いた。
「悪かったですね、皆無で」
「認めてどないすんねん。否定せえよ」
れおんは時間がまだあるのか、ベッドに腰をかけた。
「あたし変ですかねえ？」
「何や急に。別に変やない。わいに変、言われたら終わりやないか」
「きゃっはっはっは！」
「笑い過ぎや」
れおんはかしこまった。
「あたし、町田店長のお店で手足縛られたとき、ドキドキしてたんですよね」
れおんは顔を赤くして俯いた。
「そりゃ無抵抗はドキドキするやろ」
「違うの。興奮してた。おかしいのかなあ」
賢吾は腕組みすると、穏やかに言った。
「自分を変、思ったらアカンよ。冒険気分を味わいたいと思うのは女の子として健全な証拠や」
れおんは顔を上げた。
「しかし度が過ぎると体が無意識に危険を求めて三千里。怖い目見て目覚めても遅いんや」
「そんなことないと思うけど」

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