《MUMEI》
官能
賢吾は真顔で聞いた。
「いつ頃からそう感じた?」
「院長は男性だから、恥ずかしいよ」
れおんは笑顔で俯いた。しかし賢吾が無言でいると、話し始めた。
「この前、バスタオル一枚で院長に指圧されたとき凄く怖くて。でも怖いのに何か快感で」
「重症やな」
「嘘!」
「嘘や」
れおんは笑いながら怒った。
「ちょっと、真剣に相談しているんですけど」
「大丈夫やお嬢。全然変やない。自分の体を好きっていう子にはよくある話や」
「好きっていうか…」れおんは両肩を抱いた。
「自分を好きなんて最高のことやないか」
れおんは愛らしい唇を結んだ。賢吾は見とれながら話した。
「お嬢の冒険気分を味わいたいゆう願望がマックスにならんうちに、満たしてやらなアカン」
「満たす?」れおんが身を乗り出す。
「わいが診察台で絶対安全保障付のスリルを味あわせてあげる」
「お断りします」れおんは深々と頭を下げた。
「何でやねん?」
「やっぱり、あたしの冒険気分を満たしてくれる彼氏と出会えば、すべて解決でしょう」
「まあそうやな」
「だから街へ繰り出します!」
れおんが立ち上がると賢吾は言った。
「二次会はアカンぞ」
「命令ですか?」
「命令や」
れおんは一瞬怯んだが、切り返す。
「大丈夫ですよ。院長がここにいるなら外は安全ですから」
「なるほど、それもそうやなってドアホ!」
「アハハハ」
「夜の都会がどれだけ危険か知らんから余裕かましてられんのや」
「矛盾してません?」れおんが口を尖らせた。
「何がや」
「だって、官能小説ってそういう欲望を刺激するものでしょ。一方で気をつけろって言われても説得力に欠けるよ」
玉手飛車取りか。しかし賢吾は交わす。
「お嬢。わいは官能小説なんか書いたことないぞ」
「これはこれは失礼しました。でもきわどい内容なんでしょ?」
「まじめなストーリーや。その中にちょこっとだけヤバいシーンがある。これがチラリズムマジックやないか。いきなり全部見えてしまうよりもなあ、ミニ浴衣から覗くアンヨは格別でっせ旦那」
「やっぱり危険人物だったか」
「だれが危険人物や。期待に応えてるだけやないか」
れおんは興味津々の顔で質問した。
「じゃあさあ。触りだけでも教えて。どんな内容?」
「言えん」
「何それ?」
「お嬢怒るからな」
「絶対怒らない」
「ホンマか?」
「ホンマです。だって一つの芸術作品じゃないですか」
賢吾はしつこい。
「話聞いて、翌朝この机に辞表置いてたりしないか?」
「しません、早く、時間ないんだから」
「しゃあないなあ」
賢吾は話した。
美少女が曲がりくねった暗いトンネルを行く。懐中電灯だけを頼りに出口を探す。
「あっ…」
足に何かが絡まった。懐中電灯を当ててみると、それは蜘蛛の巣だ。
彼女は絡まった足を上げようとしたがバランスを崩す。
「きゃあ!」
もう片方の足と両腕も糸に絡まり、もがけばもがくほど解けなくなる。
「え?」
黒い影。
やがて自分よりもはるかに大きい巨大蜘蛛が現れた。
「嘘…」
美少女は慌てた。必死に糸を切ろうとするが、両腕が動かせない。
巨大蜘蛛が近づいて来る。生きた心地がしない。
「やだ、だれが助けて…」
れおんは筆でバッテンを書くようにして消した。
「院長!」
「何や?」
「この子、蜘蛛に食べられちゃうの?」れおんが睨む。
「そんな酷いことはせんよ」
「わかった。裸にされちゃうんだ?」
「企業秘密や。それはともかくお嬢。官能小説ではないまじめな小説でヤバいシーンがあるとな。読者は得した気分になるやろ?」
れおんは今度こそ立ち上がった。
「体が無事なうちに危険地帯から脱出します」
「何やと?」
「新宿も六本木もこの診察室よりは安全です!」
れおんがドアを開けると、賢吾が呼び止めた。
「お嬢」
「はい」
「えな」
「はあ……」
れおんは診察台に倒れた。

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