《MUMEI》
ハイエナ
送別会は居酒屋の座敷で行われた。
最初は皆しらふだから型通りの挨拶で始まるが、酔っ払ってしまえば主役も主賓も関係ない。
れおんも親しい女子たちと端のほうで飲んでいた。大盛り上がりだから小さい声では聞こえない。
「でもれおんチャン、社長秘書なんて凄いじゃん」
「秘書っていうか、アシスタントよ」
「社長どんな人?」
「優しいよ。何でも言うこと聞いてくれるし、怒らないし」
「いいな」
「どっかの店長とは大違い」
「何か言ったか?」
すでに酔っ払いと化している店長が話に加わる。
「ハイハイそっちはそっちで盛り上がってればいいでしょ」
「れおん飲んでるかい?」
グラスをぶつけて来る。
「はい飲んでます」
「言ったほうがいいよ、れおんチャン。呼び捨てにするなって」
れおんはチラッと腕時計を見た。もうすぐ9時になる。
「そうだ、社長さんはれおんチャンのこと何て呼んでんの?」
「いいじゃない」れおんは照れた。
「教えて。れおん?」
「違うよ」
「姫野さん?」
「いいじゃん呼び方なんて」れおんは笑って誤魔化そうとする。
「れおんチャン?」
しつこさに負けた。
「何か知らないけど、お嬢って」
一瞬の静寂。
「お嬢!」
「何それ?」
「だから言いたくなかった」れおんは赤面した。
「セクハラはされてないよね?」
れおんは考えた。セクハラされなかった日はない。
「セクハラとか、そういう人じゃない」
「イケメン?」
「質問攻め…素敵な人よ」
「独身?」
ここで幹事から声がかかった。
「では二次会カラオケ行く人、はい全員ねえ」
皆は笑ったが、れおんは慌てて言った。
「あ、すいません。あたしこれで帰らなきゃいけないんです」
「嘘!」
大ブーイング。
「すいません本当に」れおんは両手を合わせた。
「いいよ、また今度誘うから」
「ありがと」
れおんは立ち上がった。
「それでは皆さん。本当にありがとうございました!」
「おおお!」
一応拍手で見送られ、れおんは賑やか過ぎる居酒屋から何とか脱出できた。
土曜の夜はやはり凄い。どんどん人が増えていく感じだ。
交差点ではまともに歩けない。
「お姉さん一人?」
キャッチかナンパかわからないが、れおんは無視して駅へ向かった。
「お、かわいい!」
面倒くさい。れおんは走った。男は気軽に声をかけているのだろうが、若い女にとっては凄く怖い。いきなり声をかけられたらビクッとする。
「あれ?」
急に走ったのがまずかったか。れおんは立ち止まった。胸が苦しい。
(ヤバいかも)
胸か胃の辺りがむかつく。れおんは人通りの少ない場所に移動した。
(大丈夫かな)
少し落ち着いた。男と違って人前で吐くことなどできるわけがない。恥は絶対にかきたくなかった。
自動販売機が見える。れおんは冷たいお茶を買って、口をゆすいだ。
そのとき。
「どれ。おっかわいい!」いきなり若い男が顔を覗き込む。
「え?」
逆側からも来た。
「ホントだわかいい!」
れおんは足がすくんだ。
「ちょうだい」
また別の男が缶を奪い取ってひと口飲んだ。
「間接キッスう!」
「古いよ。俺なんか直接キッスう!」
顔に口を近づけて来たので、れおんはとっさに肘を出した。
「やめてください!」
「あっ…」
肘が男の顎に命中。れおんは蒼白になった。
「ごめんなさい!」
「イテー!」
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
さらに別の男が後ろかられおんの腰に手を回した。
「捕まえた!」
「キャア!」
男が集まって来る。
「ちょっと、離してください!」
「離さないよ」
「大きい声出しますよ」
「出したらこの場で裸にしちゃうよ」
れおんは怯んだ。そんなことされたら、たまらない。
「お願いです。あたし具合が悪いんです。帰してください」
「具合悪いの。俺んちすぐそこだから。看病してあげるよ」
引きずられていく。れおんはもがいた。

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