《MUMEI》
リスキー
生まれて初めて体験する本当の恐怖に、れおんは震えた。
「お願いです。あたし具合が悪いんです。帰してください」
一人の目を見つめて必死に哀願するが、全く通じない。
後ろから抱きついた男に力で引きずられていく。
「ちょっと、離してください」
「名前何て言うの?」
「離して」
「脱がして?」
れおんは怯んだ。
(どうしよう…)
そのとき。
「NO」
「イテー!」
だれかが男の手首を掴んだ。凄い握力。男が叫んだ。
「痛痛痛、バカヤロー離せタコ!」
それでも離さない。れおんは振り向いて見上げた。
「あっ…」
2メートル近い黒人だ。
若い男が集まって来る。
「やんのかこのヤロー!」
すると、荒っぽそうな黒人がやはり10人くらいやる気満々の風貌で歩いて来た。
「よせよせ」
「行こうぜ」
若い男たちは逃げ散った。れおんは感激してお礼を言った。
「ありがとうございます。サンキューベイリュマッチ。助かりました」
しかし今度はれおんが手首を掴まれた。
「え?」
「カモン」
「カモンて?」
「カモンベイビー」
れおんは焦った。あの連中よりも危険度は少ないか。そんなことはない。連れて行かれたら無事では済まないだろう。
「ノー、プリーズ」
「カモンベイビー」
「助けてくれたんじゃないんですか?」
「カモン」
そのとき。若い男が一人走って来た。
「NO!」
れおんは男の顔を見て驚いた。
「吾郎さん!」
間違いなく銀星吾郎だ。
「ノー、マイ、フレンド」
「マイフレン?」黒人が怖い顔で吾郎に聞く。
「YES」
黒人は吾郎に指を差しながら、れおんに聞いた。
「friend?」
「YES」
れおんが即答すると、黒人は仕方ないというジェスチャー。
吾郎はれおんの手を引いてその場を去った。
れおんは吾郎の服を掴むと、泣きそうな顔で言った。
「吾郎さん、ありがとうございます。命の恩人です」
深々と頭を下げるれおんに、吾郎は満足の笑みを浮かべた。
「無事で良かった」
れおんは腕時計を見た。
「そうだ、終電があるうちに帰らないと」
「僕もだ、急ごう」
二人は駅に向かって走った。階段を駆け下りる。
「あっ…」
「どうしたの?」
こんなときに。また胸がむかつく。れおんはトイレを探した。
「気分悪いの?」
れおんは吾郎に言った。
「すいません吾郎さん、先に行ってください」
するとれおんは、走ってトイレの中に駆け込んだ。吾郎は氷の目でれおんの背中を見ていた。
結局れおんは、1時間近くうずくまるハメになった。
悪酔いしたのだろう。れおんは疲れ果てた様子で出てきた。
「終電なくなっちゃっただろうな」
ふと顔を上げるとハッと息を呑んだ。無人のはずの駅の長イスに、吾郎がすわっている。
れおんは恐怖におののいた。
「れおんチャン、大丈夫?」
「吾郎さん…何で、帰らなかったんですか?」
「深夜の都会に君を一人置いて行けないよ」
一見優しいセリフだが、正直恋人でもないのに行き過ぎな気がした。しかし命の恩人であることに変わりはない。むげにはできない。
駅員が何か言いたそうな顔をして歩み寄る。
「すぐ出ます!」
吾郎が手を上げた。
「行こう」
人はやはり多い。道行く男女も柄が悪い。れおんは緊張した。
「れおんチャンは朝までホテルにいたほうがいいよ」
ドキッとした。ホテル。まさか。
「僕は男だから、ゲームセンターか喫茶店で朝まで時間を潰せる」
れおんは俯いた。吾郎を疑う自分を反省した。
「こっちだよ」
れおんは吾郎に付いていった。眠らない街だ。0時になると色が変わる。たむろしている男たちの危険な目。とても外にはいられない。
ホテルに着いた。吾郎は部屋を選ぶと、フロントに行った。キーを受け取る。
「はい」
れおんにキーを渡す。
「ありがとう吾郎さん」
れおんが一人で行こうとすると、フロントが呼び止めた。
「ちょっと!」

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