《MUMEI》
エリナとアンナと多田
 病室の前で一度、深呼吸して、エリナはそっと扉を開けた。
一人用の部屋の端に機械が幾つか置かれている。

ベッドの脇へ近づくと、静かに眠るアンナの姿があった。
顔が異常に白い。
しかし、見た目から怪我はそんなにひどくなさそうに見える。

「アンナ」

エリナは呼びかけた。

「メール、届いたよ。
……あたし、アンナのこと何も知らなかった。
付き合い三ヶ月の多田の方がよく知ってんの。
いつの間に仲良くなったわけ?それすら知らなかったし。
しかもあいつに軽く説教されちゃったよ。あいつ、やっぱうざいわ」

 エリナは息を吐きながら少し笑った。
アンナは相変わらず静かに眠っている。

「アンナ、ごめんね。
それから、ありがとう。あたしにとっても、アンナは親友だよ。
……生まれて初めてできた親友。
本当に、本当にごめんね」

エリナはそっとアンナの手に触れた。
すると微かにアンナの手が動いた。
驚いて顔を上げると、アンナの目がうっすら開いている。

 エリナは驚きと嬉しさでアンナの名前を呼びながら枕もとのナースコールを連打した。

 それから、アンナは順調に回復へと向かい、エリナは毎日病室へ通って、話をした。

 アンナは暴力を振った彼氏とはスパッと気持ち良く縁を切り、奇跡的に助かったお腹の子供は親と話し合って産むことを決意した。
そのために、アンナは学校も退学した。

 エリナは学校では相変わらずの毎日が続いているが、たまに多田がさりげなくアドバイスをしてくれるようになった。

 前までの多田に対しての苦手感はすっかり消え、今は逆に一緒にいると楽しいとさえ思えるようになった。

 肝心のエリナのほんとの自分作り第一歩は、親子の会話をすること。

そう決めた日の夜、初めてエリナは母親に意見した。

「お母さん。きょ、今日の夕飯、オムレツがいい、かも」

それはきっと、普通の家族にとってはなんでもない、日常の一言。
 そんな一言に、母親は驚くほど目を見開いていた。

そして、微かに笑みを浮かべて小さく頷き、エリナに聞こえるかどうかわからない小声で「オムレツ、ね」と言った。

 その一言から、いきなり親子の距離が縮まるはずもなく、相変わらずな状態が続いているが、それでも少しずつ自分の気持ちが言えるよう努力をしている。

そんなエリナの様子に、多田は「それでいい」と笑顔で言ってくれた。

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