《MUMEI》
苛立ち
 何かの間違いじゃないのかと思ったし、戸惑った。
 もしあのクレアだとすれば、彼女が犯罪を犯す真似はしない。泣き虫で、恥ずかしがり屋で、虫も殺せないようなあの子がそんなことをするはずがないから。
 「あの者たちは十日前の連続殺人の主犯、及びそれに荷担した容疑がある」
 連行の最中、ハイム様は無表情のままだった。
 「数か所で立て続けに起きた事件、その半分が同一人物と思われる男の姿が目撃されているのだ。主犯は彼で間違いないだろう」
 「なら、彼女たちは無関係なのでは。同居人とはいえ、彼女たちがそのようなことに手を貸すような人には見えません」
 俺にはずっと泣いている姿が本当に潔白なのだと言っているようにしか映らない。人を殺した人間が、感覚が麻痺してしまった人間がいまさら自分の死を恐れるだろうか。
 「ハイム様もお分かりでは、あのような少女や婦人があのような残酷な殺人に手を染めるはずがないことに・・・あの姿を見てください、自分にはあれが演技をしているようには見えません」
 彼女を殺させたくないという思いが俺を焦らせる。
 「どうしたというのだアラン、頭を冷やせお前らしくない。
 容疑が掛かったのにはそれなりの理由がある。
 事件の晩、三人の住む家には誰も居なかったそうだ。近隣の住民の証言だ間違いないだろう。
 誘導のみを任されたのかも知れん、たしかにあの美しい方たちに実行はできんだろうからな」
 目を伏せ軽く息を吐き、ハイム様は少女たちを見た。
 後ろ手に縛られ、俯き涙を流し、見世物のように道の真ん中を歩かされている。歩行者はみな足を止め、彼女たちの顔を覗き込む。
 家を空けていたからと言って、犯行の片棒を担ぎに行っていたかなんてわからない。家を出るのに理由なんて要らないんだ、ちょっと散歩に出ていただけかもしれない。
 「そんな、憶測だけで犯人だと決めつけてしまうのですか。それでは彼女たちが可哀想です、確たる証拠もなく人を裁くなんて」
 「アランよ、お前は優しすぎる。
 確たる証拠など無くとも裁くことはできる、その者にわずかでも容疑が掛かればな。
 これまで解決されてきた事件のすべてが完全な形で解決されてきたとでも思っているのか。一欠片だろうと、填ればそれは犯人だ」
 諭すように言われる。だけど、それは許容できることじゃない。
 「もしそうであろうと、それは彼だけです。それを言うのならその晩、外に出ていた者のすべてが容疑に掛かります。彼女たちは事件時間に家に居なかっただけです、裁かれるのは彼だけでよろしいのでは」
 「君もなかなか頑固者じゃないか。
 夜、彼女たちは家を留守にしていた。運悪くもその時間が犯行時間と重なり、その現場で目撃されたのが彼女たちの同居人だった。それが現時点での事実、だがそれだけで十分だ。
 死人は語らぬ。君も軍人ならこういうことに慣れなくては、長く続けられぬぞ」
 いつものハイム様からは想像できるはずがない邪悪な笑みを浮かべる。
 要するに目をつむれと言うのか。俺に、確かに俺は人を救うために軍に入り、まだ誰も救ってはいない。ここで首を切られるわけにはいかない。
 「・・・・・・」
 助けたい、その気持ちはいくらでも湧きあがってくる。だけど、ハイム様の言葉が俺を縛り無理やりに押し込められた。
 俺はそのまま唇を噛むことしかできないでいた。

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