《MUMEI》
アブノーマル
夕方6時はまだ明るい。日が長くなった。
れおんは、賢吾がいてもシャワーを浴びて、バスタオル一枚で出てきた。
はしたないと思う可能性がゼロパーセントのセクハラドクターだから、叱られる心配はない。
ただ、理由はそれだけではなかった。
「お嬢。指圧はええのか?」
「ホントにしてくれるんですか?」
すました顔で小首をかしげる。そんな何気ないしぐさも色っぽく感じる。
賢吾は悟られないように平静を装い、和室のカーテンを開けた。
「ちゃんと準備しといたで」
和室には布団が敷いてある。れおんは笑った。
「だから、和室は怖いって」
「絶対安全保障付のスリルを味わいたいゆうたやないか」
「言ってません」
笑顔で睨むれおん。それでもバスタオル一枚のまま、うつ伏せに寝た。
「怖い!」
本気で怖がるれおんを見て、賢吾の理性も風前の灯火だ。
「お嬢はホンマ見事な脚線美やなあ」
正直嬉しい。
「ありがとうございます。でも絶対安全保障付なんて嘘でしょ?」
「もちろん嘘や」
「ちょっと待って!」
れおんは片手を出して制した。
「そういう怖いこと言ってあたしがビビるのを楽しんでるんでしょう」
「ちゃうよ。お嬢を楽しませてんのや」
「よく言うよ。あたしまで変態の仲間入り?」
「だれが変態や。わいは普通や」
れおんはケラケラ笑った。
「院長が普通だったら女性は街を歩けません」
賢吾はテクニックの限りを尽くしてれおんの腰から肩を指圧し、脚のツボを容赦なく揉んだ。
「ちょっと待って」
虜にされかねないアブノーマルなマッサージ。れおんは悔しいような、嬉しいような複雑な心境で、枕にしがみつきながらも抵抗しなかった。
「気持ちいいか?」
「悔しいけど気持ちいい」
白い歯を見せてうっとりするれおん。賢吾は理性を総動員していた。
「院長」
「何や?」
「あたし、送別会の日、10時に帰れなかった」
「ええよ、無事なら」
「罰ゲームは?」
「バスタオル一枚でコンビニは動画でも見たことない。バスタオル一枚で地下の駐車場を歩くのはあったがな」
「怖過ぎ」れおんがまじめに答えた。
「まあ、大切なお嬢にそんな危険なことはさせん。罰ゲームはなしや」
「甘いんですね」
賢吾は怯んだ。
「いつもと感じがちゃうやないか。セクハラですよ、とか退場とか言ってもらわんと、漫才が成り立たんやないか」
れおんは短く笑った。
「漫才なんですか?」
れおんはいきなり仰向けになった。両手両足を広げて瞳を閉じる。賢吾は焦った。
「罰ゲーム。院長のボディマッサージに、抵抗しません」
賢吾が何もしないので、れおんは上体を起こした。
「どないしたん。何かあったんか?」
「何もありません」
賢吾は腕組みした。
「これがSの弱点や」
「Sの弱点?」
「絶対に変なことしないで、言われると意地悪したくなるが、どうぞ、言われると今いち燃えんのや」
「それじゃまるっきり単なる変態じゃないですか」
「だれがドエス魔人や」
「言ってません」
「ほっとけゆうねん」
れおんは起き上がると正座した。
「院長って、ご家族は?」
「家族?」
「奥さんや、お子さんはいるんですか?」
ピキーン!
賢吾の目が光る。
「わいの正体をそんなに知りたいか?」
「知りたくありません」
「何やそれ?」
「どうせドラキュラ吸血鬼とか言うんでしょ?」
賢吾は額に汗。
「なぜわかった?」
「読まれてますよ」
「先を読まれるようでは、小説家失格やなあ」
「人間失格にならないように気をつけてくださいね」
れおんは立ち上がった。
「着替えます」
「生着替えか?」
「セクハラですよ」言いながら、さすがにれおんは笑った。
「ホンマお嬢はセクシーやなあ。明日からセクシーれおんと呼ぼうか」
「返事しませんよ」
賢吾が和室を出ると、カーテンが閉められた。
(お嬢、マックスやなあ。何とかせにゃあ…)

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