《MUMEI》 揺れる心翌朝。 れおんは神妙な面持ちで出勤した。 「おはようございます」 「おはよう」 れおんはかしこまって言った。 「院長。あたし、きのう変じゃなかったですか?」 「変といえば少し変だったかもしれんな」 れおんは深々と頭を下げた。 「どうかしていたんです。職場でやることではありませんでした。本当にすいませんでした。許してください」 賢吾は感動した。 「きのうはセクシーれおんで、今朝は純情な女学生みたいやなあ。ホンマ心揺さぶられるわ」 「良かった。怒ってなくて」 れおんは笑顔になると、和室に入った。賢吾は首を静かに横に振った。 「アカンアカン。理性を飛ばしたらアカン」 相談がない日も、二人は遊んでいるわけではない。 れおんは法律の勉強。賢吾は執筆に忙しい。 昼食は毎日弁当をとった。320円だが、量も味も文句はない。 金があるからといって1000円の豪華な弁当を頼んでいたら、ジャン・ヴァルジャンにはなれない。 昼食が済み、冷たいウーロン茶を飲みながら、少し話した。 「お嬢はどんなタイプが好きやねん」 「何ですか急に」れおんは不服そうな顔をした。 「急にやない。身も心も満たしてくれる彼氏探してるんやろ?」 「別に探してなんかいませんよ」 ウーロン茶を一気に飲みほした。れおんはあまり乗る気ではない。 「年齢は25までやろ?」 「冗談ですよ、そんなの」 「年齢制限なしか?」 「できれば年上がいいですね」 「そうやな。年下だと十代になってしまう」 賢吾はれおんの空のグラスに、ウーロン茶を注いだ。 「ありがとうございます」 「礼儀正しいやないか」賢吾は笑った。 「馴れ馴れしいほうがいいですか?」 れおんのキュートなスマイルは理性に毒だ。 「お嬢の好きでええよ」 「優しい」れおんは白い歯を見せた。 「優しいタイプが好きか?」 「インタビュー続いてるの。じゃあねえ。マッサージが上手な人」 「どんな基準や」 「包容力のある人」 「包容力は大事やな。駅弁できる足腰が重要や」 れおんは少し考えた。 「駅弁売るの?」 「何でもあらへん。で、ほかには?」 「何でも言うこと聞いてくれる人」 「そんな男はこの世におらんうーたんしかオランウー…」 「ダジャレを言わない人」 「うー、うー…」 賢吾は何を思ったか、いきなり白衣を頭から被り、首を左右に振りながら「うー、うー!」と叫んだ。 れおんは顔をしかめた。意味がわからない。 「…何?」 「うーやないか」 「うー?」 賢吾は白衣を取ると、着た。 「生まれてないか」 二人は弁当とウーロン茶を片付けてイスにすわった。 「まだ話しててもいいですか?」 「1時までええよ」 「じゃあ、あたしのワガママを聞いてくれる人」 「ワガママはアカンよ。女のワガママはかわいい、ゆう男もおるけどな。恋愛までワガママになる可能性がある。ワガママな恋愛は最悪やから。ワガママはアカン」 れおんは賢吾の速攻をポカンと聞いていたが、かしこまった。 「わかりました。ワガママはやめます」 「素直やないか」 「院長の言葉って重いんですよね」 賢吾は満面笑顔だ。 「お嬢。自尊心くすぐる天才やなあ。お礼に脇腹くすぐってあげるわ」 れおんは睨んだ。 「前言撤回。軽い!」 賢吾は話題を変えた。 「お嬢。嫌なら嫌とハッキリ言ってくれたほうが…」 「イヤです」 「お約束か。まだ何も言っとらん」 「どうせろくな話じゃないんでしょ」 れおんは警戒した。 「ろくな話や。わいの知人に八木内準ゆう好青年がおるねん」 「つまり好青年じゃないってことですね?」 「だれがディック・スレーターや」 「知りません」 賢吾は話を続けた。 「彼は絵の勉強しとるんよ。学生で22歳や」 れおんは哀しい顔で言った。 「いいよ、彼氏なんか。いらない。あたしは、このクリニックに毎日来て楽しいんだから」 「……お嬢」 前へ |次へ |
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