《MUMEI》

ここでシリアスにしてはいけない。賢吾は普通に話を続けた。
「彼をお嬢に紹介しようゆう話やない」
「じゃあ、何ですか?」
れおんはまだ真顔だ。スリルは好きでも本当に怖い目に遭いたいとは思っていない。
「八木内準は展覧会目指してるんやけどな。美しい女性モデルを探してんのや」
「で?」
「美しい女性モデルゆうたら、真っ先にお嬢の顔が浮かぶのはしゃあないやろう」
れおんは口もとに笑みを浮かべた。
「院長。本気でそう思ってくれてます?」
「当たり前や。わいはお世辞言わないことで有名なんや。太ってんのにスレンダーゆうたら喧嘩売ってまんのかってなるやん」
「アハハハ」
れおんが笑うのを見て安心した賢吾は、本題に入った。
「準君にもゆうたんや。ビックリするで」
「そんなこと言ったら想像が勝っちゃうじゃないですか。会ったときに探されたらイヤですよ」
「お嬢に限ってそんなことはない」
「でもあたしは無理ですよ。恋人以外の人に裸は見せられない」
「だれが裸や?」
「え?」
れおんは早とちりに気づき、真っ赤になった。
「ちょっと、うぬぼれてしまいました」
「かわいいな。うぬぼれてええよ」
れおんは赤い顔で言った。
「でも、ほかに美しい女性いるじゃないですか」
「だれがいる?」
「マキちゃんとか」
「美しいとかわいいは微妙にちゃうからな」
「店長は?」
賢吾は妄想を浮かべた。
「22の好青年。しかもイケメンやぞ。唯とマキで結託して逆レイプやろ」
「プッ…」
一瞬噴きそうになったが、れおんは口を押さえた。
「何バカなこと言ってるんですか」
午後。
れおんはまじめに本を読んでいた。法律の勉強だ。相談では法律知識が生きる。
賢吾はれおんに見られないように、小説の構想を練り、ノートにアイデアを書いていった。
「お嬢、3時にしようか」
「はい」
れおんはすぐには立ち上がらない。本をキリのいいところまで読みたいのだろう。賢吾はそう察知して、冷蔵庫へ行った。
れおんは本を閉じると、賢吾のノートを見た。
「見ちゃお」
賢吾の下書きは、ありありと映像が浮かぶ。
荒くれ男たちの宴。皆肉を食らい、酒を飲む。
歌い、踊り、賑やかな夜。
中央には、不運にも手足を柱に拘束されている美女が一人。服を脱がされていないのは武人の情けか。
しかし猿轡をかまされ、意思表示の方法は目だけだ。
彼女は強気の目で、海賊の頭を睨みつけた。
「娘。そんな怖い顔で見るな。俺も鬼じゃねえ。酷いことはしねえよ」
それでも彼女はキッと鋭い眼光を頭に向けた。
荒くれ男に囲まれたら、普通は怯えて命乞いをする。頭は美女の度胸に感嘆し、思わず言った。
「娘。俺と組まねえか?」
いきなりの申し出に、彼女は迷った。意地を張って大切な体を弄ばれても意味がない。
「あああ!」
賢吾が戻って来た。
「何勝手に読んでんねん!」
もう遅いのにノートを閉じた。
「エッチ」
「アホ。冒険活劇やないか」
「どこが?」れおんは笑った。
「これを単なるエロスと捉えるのは浅読みや。わいの作品は読者を試す、いわば真実の鏡や」
「試す?」
「この美女が辱められることを期待した自分を発見して、どないしたんわいは。で、頭が娘を無傷で許すと残念がる自分を発見して、アカンわ!」
「つまり悪魔の心を呼び覚ます小説ですね?」
重い一撃。賢吾は怯んだ。
「小説って善性を呼び覚ますものじゃないんですか?」
厳しい責め。
「院長。手足縛られて海賊に囲まれたら、強気に出れないですよ」
「リアリティに欠けるか?」
「そうですよ。女のことは女に聞かなきゃ」
「聞いたよ」
れおんの不審な目。
「だれにですか?」
「唯とマキや」
れおんは下を向いて震えていたが、怒鳴った。
「あの二人の目線なんか何の参考にもなりません!」
夕方。
「お嬢。夕食どうや」
れおんは胸が高鳴った。
「行きます」

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