《MUMEI》 すれ違い仕事の昼休み。 食事を済ませると、れおんは、さりげなく聞いた。 「院長。もしも素敵な出会いがあったら、考えます?」 「何を?」 「再婚」 「終わった話や」 れおんは少し怯んだが、諦めない。 「院長まだ若いのに。もう一生恋をしないとか決めちゃうのはもったいないですよ」 「わいは残り少ない人生を仕事一筋に生きるんや」 「それはそれで素晴らしいことですけど」 「それにわいは変やからな。こんなん好きゆうてくれる物好きが現れたら、そんときに考えればええことや」 よく口が回る。れおんは参った。 「それよりお嬢。準君から誘いは来たか?」 れおんは俯いた。 「来ましたよ」 賢吾の目が輝く。 「やるな。会うんか?」 「はい。でも公園ですよ」 賢吾は腕組み。 「公園かあ。準君らしいなあ。ブレーンバスターで一回頭打たせたろか」 「デートじゃないから。スケッチですよ。公園でいいじゃないですか」れおんはムッとした。 「まあ、そのあとは部屋に誘うやろな」 「行かないよ」 「何でやねん?」 れおんは唇を噛むと、グラスを持って立ち上がった。 「お嬢、わいのも」 「自分で洗えばいいでしょ」 れおんはさっさとキッチンに行った。賢吾が自分のグラスを持って来る。 「何怒ってんねん?」 「別に。怒ってなんかいないよ」 「プリプリしたからってプリンセスにはなれんよ」 れおんは振り向いた。 「どうやったらプリンセスになれます?」 「ギャグやないか。まじめに受け取ってどないすんねん」 れおんはまた背を向けた。 「いいよ。そうやって子ども扱いするなら」 「子ども扱いなんかしとらんよ。お嬢にはいつも感謝、感激、雨、ドクタースランプや」 れおんは頭を片手で押さえた。 「作家とは思えないギャグセンス」 「だれがダスティローデスやね」 「知りませーん」 「温厚なわいでもしまいには踊るぞ」 全く話にならない。というより、わざと話題の軸をそらせているのは、れおんにもわかった。 それでも気に入らなかった。 休日の午後。 れおんは八木内準と公園で会った。半袖の季節。彼も爽やかな格好で、清潔感に溢れていた。 れおんは水色のワンピースにブーツ。お洒落をしていかないと、失礼な気がした。 「れおんチャン。ありがとう」 「なぜです」れおんは笑顔で聞いた。 「君ほどの人と二人きりで会えるなんて、大変なことだと思うから」 「よく言いますよ」 公園の入口付近にある自動販売機で、準はジュースを買った。 「れおんチャンは?」 れおんは財布を出した。 「いいよ、ジュースくらい出すよ」 「あ、じゃあ、これ」 二人はドリンクを持って噴水のある場所まで歩いた。 準はベンチの上を一生懸命手ではたく。 「どうぞ」 「紳士なんですね」 「そんなことないよ」 二人はベンチにすわると、ドリンクを飲んだ。 「描かせて」 「あ、はい」 準はれおんの美しい横顔に見とれた。 「恥ずかしいですねえ」 準はスケッチブックを出すと、鉛筆でシャカシャカと写生する。 「動いてもいいんだよ」 「はい」 れおんはドリンクを飲んだり、噴水をながめたりした。 小さな子どもがよちよち歩きをしている。それを笑顔で見守る若い母親。 ベンチにすわり、談笑するカップル。小鳥の歌声。のどかな光景だ。 「れおんチャン」 「はい」 「見る?」 「見たい」 れおんはキュートなスマイルでスケッチブックを受け取った。 「へえ…」 美しく描かれた自分の横顔。れおんは感嘆した。 「やっぱり線が違いますねえ、プロの人は」 「プロじゃないよ。モデルが美しいからだよ」 「美しいとか言わないでくださいよ」 照れるれおんに追い討ちをかける。 「君は本当に魅力的だよ。正直びっくりしてる」 「よく言いますよ。そこまで言ったら嘘になりますよ」 「嘘じゃないよ」 準の積極果敢な攻めに、れおんは少し押され気味だ。 前へ |次へ |
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