《MUMEI》 ストーカー急ぎ足で行くれおんに、準は何とか間に合った。 「待ってくれ」 れおんも立ち止まる。 「れおんチャンごめん。もう最悪だ」 「何が最悪なんですか?」れおんが睨む。 「あの女の言ってることは全部嘘だから」 「あの女ってだれのこと?」 「え?」 「彼女、準さんのこと好きですよ。それはわかるでしょ?」 「彼女じゃないよ」 「でも友達でしょ?」 れおんの怒る理由がわからず、準は言葉に詰まった。 「優しくしてあげてください」 「しかし…」 「準さんが優しくしてあげれば、彼女も変わると思う」 れおんが穏やかな表情に変わった。 「あたしは、モデルになったことも、準さんに全部見られちゃったことも、後悔してませんよ」 「れおんチャン」準はいたたまれない顔で俯いた。 「部屋に戻って、まだ彼女がいたら、優しく抱きしめて、謝ってください」 「謝る?」 「謝るのが照れくさかったら、夕食にでも誘えば」 準はまだ、諦めきれない。 「君とはもう、二度と会えないのかなあ?」 れおんは輝くような笑顔を見せた。 「まだ21と22ですよ。ご縁があれば」 「ご縁が、あれば…」 れおんの優しい言葉に、準は少し救われた。 「あたしだって。好きな人のアパートに行って、バスタオル一枚の女の子がいたら、気が動転しますよ」 れおんは好きなあの人の顔を浮かべた。 「わかったよ、れおんチャン。ありがとう」 「さあ早く、行って」 二人は別れた。 れおんは公園のベンチにすわり、独り言を呟いていた。 「昔から修羅場って苦手なんだよね」 修羅場が嫌だから、すぐに自分のほうから引いてしまう。しかしこれは、要するにそこまで本気で好きではないということだろう。 れおんは瞳を閉じて、初夏の陽光を感じていた。 途中で、優しい準でもいいのかなあ、と、気持ちが傾きかけた。 だからといって、あそこまで大胆な火遊びは行き過ぎだと、れおんは深く反省した。 裸で手足を拘束されて迫られたときは焦った。ある意味彼女が乱入しなかったら、間違いを起こしていたかもしれない。 「何であんなことしちゃったんだろう?」 思い出すだけで胸の鼓動が高鳴る。 「あたし、Mではないと思うんだけど」 自覚がない。 れおんは立ち上がった。危ない橋だったが、貴重な体験ができた。彼女は弾む足取りで公園を出た。 れおんのことを、木陰からずっと見ていた男がいたことは、知りようがない。 夜。 れおんは自宅で入浴を済ませると、バスタオル一枚のままベッドにうつ伏せに寝た。 読みかけの小説を読もうと思ったが、きょうの出来事が刺激的過ぎて、どうしても思い出してしまう。 ストーリーに集中できないので本を閉じると、仰向けになった。 「ふう」 好きなあの人にもまだ見せたことがない全裸を、ほかの男性に見せてしまった。 今さらながら軽率だったかと思った。れおんは片膝を曲げると、おなかに手を当てた。 「恥ずかしかったあ」 ピンポーン。 「え?」 れおんは上体を起こした。 ピンポーン。 彼女は急いで時計を見る。0時30分。深夜ではないか。 ガチャガチャ。 ドアを開けようとする音。 「やだ、怖い」 スリルは好きだが、本当に危険な目に遭いたいとは微塵も思っていない。 れおんは忍び足で玄関まで行く。ドアチェーンがしてあるから開けられる心配はないはずだ。 中から外の人物を確認する。 「え?」 れおんは驚愕の表情。銀星吾郎ではないか。 知らない人間のほうがもちろん怖い。しかし、深夜に女一人暮らしのアパートに訪問するというのは、非常識を通り越して、危ない。 ピンポーン。 「れおんチャン」 れおんは怒った調子で言った。 「何ですか?」 「ごめん。助けてほしいんだ」 れおんは呆れ顔で腕を組んだが、命の恩人には変わりない。あまり冷たくもできない。 「吾郎さん、ちょっと待ってて」 れおんはバスタオルを脱いだ。 前へ |次へ |
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