《MUMEI》
危機一髪!
せっかく汗が引いたのに、吾郎のおかげでまた汗が出てきた。
れおんはイエローのパジャマを着ると、スリッパを履いて玄関へ行った。
緊張の一瞬。
れおんはドアを開けた。吾郎が思いきり引いたのでガンと凄い音が響いた。
ドアチェーンを差して吾郎が笑う。
「相変わらず警戒心旺盛だね」
れおんは穏やかに話そうとするが、やや厳しい語調になる。
「吾郎さん、今何時だと思ってます?」
「違うんだ。飲んでたら終電乗り遅れちゃって」
「そうなんですか」
「参ったよ」
「タクシー代はありますか?」
「持ってない」
れおんは怖々聞いた。
「吾郎さん、あたしのアパート知ってましたっけ?」
「知ってたよ」
「ふうん」
吾郎はチェーンを指差した。
「これ、外してくれないかな」
「ごめんなさい。これは外せない」
「どうして?」
れおんは穏やかに話した。
「もちろん吾郎さんのことは信用してますよ。命の恩人ですから」
「命の恩人なんて思ってないだろ」ナイフのような目。
「思ってますよ。あの人たちに連れて行かれたら、あたし、どうされたかわかんないもん」
吾郎は、あの夜を思い出しているのか、下を向いて沈黙した。
彼はTシャツ一枚。この時期、夜はまだ冷える。
「吾郎さん、始発までまんが喫茶にいれば」
「れおんチャン」吾郎が見つめる。
「はい」
「朝まで、いさせてくれないかな?」
「ごめんなさい。部屋には上げられないよ」れおんは即答した。
「靴は脱がない。玄関にすわってるから」
「それじゃ、あたしが眠れない」
「寝てていいよ」
「寝れるわけないでしょ」れおんは怒った。
吾郎は溜め息を吐くと、独り言のように呟いた。
「仕方ない。公園のベンチで野宿だ」
「寒くない?」
「寒い。死んでもだれも悲しまないからいいけど」
「またそういうこと言う」
れおんはわざと明るく話した。これで逆恨みされたらたまらない。
「吾郎さん、ちょっと待ってて」
れおんは部屋へ戻ると、分厚いジャケットを持って来た。
「これ貸しますから。風邪ひかないでね」
「ありがとう」
吾郎は感激の面持ちで両手を出す。れおんはジャケットをドアの隙間から渡そうとしたが、通らない。
「あれ」
吾郎も外から引っ張って、嫌な顔一つせずに協力した。それでもゴワゴワしているから通らない。
「ちょっと待って」
吾郎の様子から大丈夫だろうと思い、れおんは一旦ドアを閉め、チェーンを外すとドアを開けた。
「はい」
「ありがとう」吾郎が笑顔で受け取る。
「紙袋にでも入れて、ノブに掛けておいてください」
「いや、盗まれたら大変だから、必ず返しに来るよ」
「留守にしてたら悪いから、掛けといて」
そのとき吾郎はドアを大きく開けると、玄関に入ろうとした。れおんが体でブロックする。
「どうしたんですか?」
「トイレ貸して」
「ごめんなさい。公園の使ってください」
「汚いトイレ嫌なんだ」
「わかってください、あたしの立場も」
吾郎は部屋の奥を見た。
「じゃあ、冷たいドリンクを一杯もらえる?」
れおんは吾郎の体を強く押した。
「もう出てってください!」
吾郎は目を見開いた。
「何大きい声出してんの?」
「出てって!」
れおんがまた怒鳴った。吾郎はれおんの顔を見ながらジャケットを床に叩きつけた。さらに蹴る。
「何キレてんの自分が悪いくせに」
吾郎は興奮で震えた。しかしれおんも嫌気が差していた。
「出てってもう!」
れおんが両手で強く押す。吾郎はボディブロー!
「あああん…」
不意打ちを食らい、れおんは崩れ落ちた。吾郎に抱き止められたが、顔をしかめたまま気を失ってしまった。
「君がいけないんだよ」
吾郎はドアを閉めてドアチェーンと鍵をかけると、れおんを抱き上げた。
愛しのれおんが、だらんと無防備で自分の腕の中にいる。
吾郎は彼女をベッドに寝かせた。
「今度こそ、思いを遂げる」

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