《MUMEI》
偽りの平和な朝
 事件から一夜が明け、穏やかな朝を迎えた。昨日きれいにしたばかりの部屋は日当たりが良いようでベランダの窓からは朝日が射しこんでいる。三人の中で一番に目を覚ましたのはクレアだった。
 光の射さる場所で大きく伸びをして意識をハッキリとさせると、クレアは二人を起こすことにした。部屋の三分の一しか射していない陽だまりのなかから出ると、まず使い古されたソファーで夜を過ごしたファースの前に立ち、なぜか寝顔を観察していた。
 半開きの口からは一筋の涎が垂れ、とても長く見ていられる表情じゃなかった。
 クレアは半分はみ出ている肩を軽く揺する。
 「・・・・っ、ぅん・・」
 一度顔をしかめ唸ったものの、またすぐ緩みきった表情へと戻っていった。
 「起しちゃったら、怒られるよね」
 笑って、クレアはファースを起こすのを諦めた。ファースは朝に弱く、寝起きも酷い。起こせばまた何かを言われるだろう。
 だがクレアはファースを起こそうとした。怒られるためでも何でもない、ただ規則的な生活を送ってもらいたかったからだ。正しい時間に起きなくては頭の回転も遅くなるし、体にも良くない。ファースに怒られようと起きてもらおうと心に決めていたが、それを断念してしまった。ファースの寝顔があまりにも幸せそうだったからだ。
 ファースはもう少し夢を満喫していてもらうことにして、となりのベッドで寝ているメリルに声をかけた。
 「朝だよ、メリルちゃん」
 控えめな声でシーツにくるまったメリルの体はピクッと跳ねた。それを初めに徐々に動きが大きくなる。もぞもぞとシーツの中をのたうち回り、
 「そ、そうね。もう朝だから・・・・」
 言って、体を起こし目をしばつかせる。目を擦るメリルは明らかに寝ぼけていて、意識がはっきりしているとは言えない状態だった。
 「顔、洗ったらきっと目が覚めるよ」
 クレアは顔を洗うことをメリルに勧め、水桶へと先導する。
 朝はいつもこの調子だった。クレアを除く二人は度合いは違うにせよ朝に弱く、クレアがいなくては話にならなかった。
 「・・あ、ありがとう・・・クレア」
 水の溜まった桶の前に連れてこられ礼を言うとゆっくりとした動作で水をすくい、顔につけていく。それを繰り返すうち、メリルのなかでギアチェンジがされていく。ローだったギアがハイへと入れ替わる。
 「・・・大丈夫、冷たかったりしなかったかな」
 汲んできた水の温度を気にするクレア。水桶の横に置かれていたタオルを取りメリルは顔を拭く。
 「全然、むしろ眠気覚ましに丁度よかったわ」
 「・・よかった」
 丁度いいと聞き安心したクレアは胸をなでおろした。
 「よーっし、目もばっちり覚めたことだし朝ごはんでも作りましょう」
 顔を拭き終わったメリルは髪をたくし上げ一つに結ぶと朝食を作るため意気込んだ。意気込むメリルを見てクレアも気合いが入り頷く。
 「私、薪をとって来るね」
 宿の裏に置かれている薪を取りに行くクレアを見送り、メリルはまだソファーで眠り続けているファースに目を移した。夢の中をさまようファースの顔はやはり先ほどと変わらず緩みきっていて、見ていて笑ってしまった。
 「・・・・・すぅ・・・・・」
 「何見てんのかしら」
 興味をひかれ、ソファーに近づき顔を覗き込んだ。ファースの顔を覗き込んでいるメリルの顔は穏やかだった。しばらくファースの寝顔を堪能したメリルは立ち上がり、灰に埋もれた火を丁寧に起こし火力を強くしていく。
 パチッ!音を立て薪が弾けた。
 「さて・・・と」
 袖をまくり、メリルは料理の準備に取り掛かることにした。

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