《MUMEI》
衝動爆発
 太陽のポカポカとした日に照らされながらこうして歩いている間も自分たちを捜している連中がいるんだと思うと、どうしてもあたりに気を配ってしまうのは仕方がない。今の自分には世界のすべての目が向けられているような気がして、落ち着くことができないでいた。
 彼は人殺しで、彼は無関係の人を巻き込んだ。どちらも望んでいたことではないが、実際に起こしてしまったいま、そんなことは些細な事だった。彼の意思に反していようといまいと彼は人を殺し、友達を巻き込んでしまった事実に変わりはないから。彼は罪を償わなくてはならない。
 ごつい兜を被った兵士が二人、歩いて来ていた。どういうわけか彼等を見ただけでファースは反射的に顔を隠してしまう。視線を落とし綺麗に区切られた石畳を見ながら歩く。そうすれば逆に怪しいと分かっていながらも、意識とは関係なく動いていた。不安、心配、恐怖の感情が頭の中を暴れまわっている。
 歩き、狭まる距離にあわせて鼓動も速くなる。血液の循環が速まり、煮えたぎった窯に落とされたような錯覚に見舞われ、意識が朦朧と・・・・・・・・・・・
 ―――――――――――――――――――――――――――――――――。
 「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ」
着くはずだった足を失い倒れる兵士の断末魔が響き渡る。苦痛に顔が歪み、耳をつんざく声を上げながらもがき、足からの出血が石畳の道に奇抜なアートを描いていく。
 彼の悲鳴が合図に、ありとあらゆるものが切り裂かれてゆく。建物、石畳は無数の痕で蹂躙され、平和というぬるま湯に浸かっていた人は肉を裂かれ、切り落とされ、身体を―――命を落としていく。通りは平穏から外れた。
 太陽の降り注ぐ下、悲鳴のシンフォニーが奏でられ、綺麗に染められていく。それは著名な画家の一作のよう、筆にたっぷりと付けた赤を大胆に振り払い散る液、べっとりと塗りたくられる線。線は幾つもの線と合わさり変形していく。濃薄さまざまな赤が交差し、混ざり出来上がる新たな赤。美しさと危うさを併せ持って弾き出された渾身の一作。
 続く切断は、どの部品がどの本体のものなのか判らなくなるほど、小さく刻み込んでいく。肉塊と化し、こと切れた物が辺り一面に点在するその中に、ただ一人青年だけが地に足をつけ呆としていた。
 ファースの呼吸は荒く、瞼をあわせることない。靴の裏には様々な赤がまとわりつくと、糸を引きながらしつこく靴底にすがり、やがて剥がれていく。

 しばらく続いた空間の切断も収まり、歩きだした足音は水より粘着性の強い体液でかき消されている。水溜まりを抜けてからしばらくしても本来響くはずのカツカツという歯切れのいい音が鳴ることはなかった。

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