《MUMEI》
逃走劇
 「ま、待ってくれ」
ファースの背中に大声をかけるが、市場の喧騒にかき消され届かなかった。
 一度舌打ちをすると、見えなくなっていく背中を追うため人のあいだを駆け抜ける。
 長い時間待ち続けてやっと見つけた一人、また見逃すわけにはいかない。彼女の真意を聞くためにはあの男を捕まえ、居場所を突き止めなくてはならないからだ。
 市場で広まりつつあった距離に多少焦っていたアランだが、市場を出るまでに姿を見失わなかったことだけが救いだった。アランも軍の訓練を受けた戦士の一人、市民に体力で劣ることはない。障害がなくなり一気に縮まりだす二人の間隔。
 二人が走っているのは市場の端にある小さな裏路地で、道は幾つにも分かれている。それをうまく使い逃げおおせるつもりのファースは二番目の曲がり角に入って行った。
 アランの口の端が上がる。
 あの曲がり角のさきは行き止まりになっていて、どうあがこうと一般人では登りきることができない。
 捕まえたも同然の状況にアランは走る速度を緩めた。
 軽く速まっていた呼吸を落ち着かせながら曲がり角へと近づいていたそのとき、角の向こうで轟音が鳴り響いた。
 「な、何の音だ」
 轟音に驚き、曲がり角へ入る。
 そこは無数の塵が舞い、向こうを見ることが出来なかった。宙を漂う粉が目に入りかかり目を細め、口を手で覆い進んでいく。塵が舞うなかを足元に気をつけつつ、ゆっくりと歩く。
 五メートルほどして異変に気づいた。この道に入って五メートルということは、もう壁が近くにあってもおかしくないということだ。視界が悪いとは言え、何も見えないというのはあり得ない。
 ここのどこかにいるはずのファースへ声をかける。
 「・・・話を聞いてくれ、俺は君に危害を加えるつもりはない。
ただ君と行動を共にしている女の子に会わせてほしいだけだ」

 ―――――――――――。

 返答を待ってみるが、彼からの返事はなかった。
 次第に宙を漂っていた塵が収まりだし、視界が澄んでくる。
 そこで気づいた。そびえ立っているはずの壁は姿を変え、ここにファースが居ないことに。
 想像もしなかった光景に言葉を失う。自らの大きさを誇っていた壁は下半分で切り倒され、無残に道と重なり合っている。
 しかし、異常な光景に気を取られている暇はない。そこにいたはずだったファースを追うことにする。
 倒れた壁を踏み越え向こう側へと出る。
 角を曲がってファースの姿を捜したが、ファースの姿は影も形もなかった。追跡は無理と判断し、もう一度異常の光景を振り返る。
 知らず舌打ちがなり、惨めに瓦礫にあたることしか出来なかった。
 「くそっ本当にどうなってるんだ」

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