《MUMEI》
・・・・
 穢された女を助け、本来の目的に戻ったカイルは快いとは言えなかった。
 再開した逃亡者捜し。
 人通りの少ない古ぼけた宿屋を通り過ぎると、前方で豪快に転倒する少女と、それを知らぬふりで歩いていく男。少女の手に持たれていたありったけの食材たちがコロコロと転がる。
 「・・すぅっ」
 汚れた鼻先をごしごしと拭き、四方に散った食材を集め始めた少女を見たカイルは気まぐれから拾うのを手伝ってやることに。
 少女はぶつかられた相手を見ることもせず一生懸命に拾っていた。拾うのに集中していた少女は隣で食材を拾い上げるカイルにようやく気づき、
 「す、すみません。ご迷惑をおかけして」
 せかせかと頭を下げる少女、カイルは拾い集めた野菜を渡そうとする。
 「・・気をつけろよ」
 「は、はい」
 顔を見て、驚いた。
 「あの、どうしました」
 「・・いや、なんでもない。それより重いだろう手伝ってやるよ」
 購入した食材すべてを抱えた少女を見たカイルは手を差し出す。手がふさがっている少女は申し訳なさそうに首を振るう。
 「そんな、拾っていただいて、そのうえ一緒に運んでもらうなんて・・」
 「遠慮しなくていい、人の厚意には甘えておけ」
 有無を言わさぬカイルの言葉に、目を泳がせていた少女はゆっくりと頷く。
 「よ、よろしくお願いします」
 「ああ」
 少女の抱えている食材の半分を持ってあげ少女がどこに住んでいるのかを尋ねた。少女は「すぐそこです」と言うとゆっくりと歩き出した。カイルも一歩遅れてついていく。
 少女の言うとおり、本当にすぐそこだった。カイルが通り過ぎたばかりの古ぼけた宿屋の前、そこで少女の足が止まった。少女はカイルに向きなおりお礼を言う。
 「あ、あの・・・本当にありがとうございました。すごく、うれしかったです」
 精いっぱいに感謝の気持ちを伝える少女。カイルは持っている食材を返して泳ぐ少女の目を見た。
 「ひとつ聞いていいか、男とぶつかったとき、どうして怒鳴ったり注意したりしなかった。悪いのは相手の男だった、普通は怒るはずだろ」
 少女は俯いて唇を結び、そして絞り出すような声で答えた。
 「私、すごくドジなので、ぶつかったのもきっと私の不注意だったんです。だから・・・」
 少女は照れ笑いを浮かべていた。少女の答えに満足がいくわけではなかったがカイルはそれ以上言及しようとはせずあっさりと引き下がる。
 「そうか、ならいいんだ」
 笑顔を作り去っていくカイルの背中を見送る少女は、カイルの姿が見えなくなるまでずっとそうしていた。
 「・・・優しい人だったな」
 呟き、少女は宿へと入って行った。

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