《MUMEI》 嵐の訪問者静かな部屋。 車の数も少なく、騒音が気にならない。 れおんはバスルームを覗いた。綺麗だ。スタッフが清掃してくれたのだろう。 彼女はTシャツとジーンズをキッチンにある長イスに放り投げた。 だれもいないのだ。下着も脱衣所ではなく長イスに置く。 生まれたままの姿。 早速バスルームに入る。れおんはお湯加減を確かめた。 「あれ?」 彼女は何となく部屋に入ったときのことを思い出した。 賢吾に嬉しいことを言われ、舞い上がっていたため、鍵を締めた記憶がない。 れおんは白いバスタオルを体に巻くと、玄関へ行った。 鍵は締まっていた。しかしドアチェーンが掛けていない。普通は鍵を締めたら一緒にチェーンも掛ける。 無意識に鍵だけ締めたのか? アパートのワンルームと違い、広い一軒家はなおさら戸締まりに注意せねば。 れおんは深く反省すると、バスルームに戻った。彼女はシャワーを浴びながら思った。大切な体だ。愛する人だけに捧げる体。好きな人以外に奪われるようなことがあってはいけない。 れおんはバスルームを出た。気温は夜でも高い。汗が引かない。熱いシャワーを長く浴び過ぎたか。 れおんはバスタオルを巻くと、裸足のまま診察室に探検に行った。 鍵を持っているのは賢吾だけだ。れおんは少し緊張しながら、診察室を歩いた。 賢吾のイスにすわる。 「舐めたらアカンよ」 立ち上がると、ソファにすわった。そのまま仰向けに寝る。 「賢吾さん…」 ずっと年上だし、最初は単なるセクハラドクターかと疑った。 それがいつの間にか、魔法にかけられたように、気持ちが傾いていった。 優しさが心地よかった。親切だし、こんなに自分のことを深く思ってくれる人はいないだろう…そう思わせるものがある。 凄く大切にされているのがわかる。マッサージも上手いし。 れおんはほくそ笑んだ。セクシーな身のこなしでうつ伏せになる。 一度体を許して、本当にメロメロにされるか、試してみたい。 そんないけない願望が浮かび、れおんは慌てて打ち消した。 夏の匂い。 「雨?」 1階の窓はすべてシャッターが閉まっているから、外の様子は見えないが、屋根やシャッターに風雨が叩きつけられる。 れおんは立ち上がった。 かなりの雨だ。ピカッと光る。 「雷?」 天の太鼓が轟いた。鬼神が舞い降りたかと思うような、凄い大音量だ。 またピカッと光る。診察室にある戸棚に、人影が映った。 「え?」 れおんは振り向く。そこには、鬼神ではなく、銀星吾郎が立っていた。 れおんは驚愕の表情で足が震えた。 雷が落ちる。凄まじい音が恐怖を増幅させた。 「れおん。会いたかったよ」 喋った。夢や幻ではない。吾郎が歩み寄る。 「来ないで」 れおんは下がった。背中が戸棚にぶつかる。バスタオル一枚。怖過ぎる。彼女は耐えきれずに泣いた。 「れおん」 「吾郎さん、聞いてください」 両手を出したが、抱き締められてしまった。 「吾郎さん、聞いて」 「れおん。会いたかったよ」 吾郎の囁く声。れおんは足がすくんだ。唇もわなわな震えて、うまく話せない。 「吾郎さん、あたしの話を聞いてくれます?」 「聞くよ」優しい声。 「ここ、だれかが住まなきゃいけなくて。急だったんですけど、あたしが住むことになって」 「れおん」 「はい」 「君に会うまでは確証なかったけど、普通無断で部屋に入ったら、怒るよね?」 「え?」 何が言いたいのか。 「しかし君は怯えた。確信したよ。夜逃げだって」 稲妻が光り、雷が轟く。れおんの胸は、焦げた。 「怖がらせてごめんね。れおん」 強く抱き締める。れおんは乱れた息を何とか整えて、言葉に気をつけながら反論した。 「でも吾郎さん。メモに、許さないなんて書かれたら、怖いよ」 「あ、あれは謝る。ゴメン」 「本当に怖かったから」 「大丈夫。もっと怖い目に遭わしてあげるから」 「!」 今度こそダメか。 前へ |次へ |
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