《MUMEI》
ただ、すれ違っていた






『…どうだった?潮崎さん…
元気そうだった?』



「…ああ、普通だったよ…、傷もたいしたことねーみてーだし…」





『…そう、…よかった…』



「……」





『……』






ちょっとずれたら大惨事だったとか、刺された深さは結構深かったらしい事とか、それは…言えない。




何よりもあの男が無かった事にしたいと言ってくれたのだから、俺達はそれに甘えなくてはならない。




それは一番に惇の為…



…いや、俺の為なんだろうな。



『あと何駅?』




「今赤羽着くとこ、後残り三駅…」






電車は減速し停まる準備に入る。







少し空席のある車内。




何時もなら電車の中では着信は無視するのだけど、それどころか今日は俺からかけた。




どうしても、拓海の声が聞きたくなった。




潮崎の無事を伝えたかった。




『…真っ直ぐ帰ってくる?』



「ああ、そう言っただろ…」




『早く…、帰って来て…』









早歩きがいつの間にか小走りになり、小走りから全力疾走に変わった。




しかし軽やかに走っていたつもりがすぐに足どりが重たくなり、あっという間にやけっぱちな走り方になった。






ホストの仕事と同時にまた吹い始めた煙草のせいか、
それとも運動不足のせいか、


または不規則な生活のせいなのか……。





「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、」





体が悲鳴を上げ、俺の意思とは関係なしに立ち止まる。






喉がカラカラ渇いて、荒い呼吸には器官の悲鳴が混ざる。





「…仁、おかえり」





「はあ、はあ、…
はあ、た、たく…み、はあ…、はあ…」





中腰の姿勢のままゆっくりと頭を起こすと、俺のスエットを着た拓海がつっ立っていた。




「めちゃめちゃ早かったなあ…」




「はは…、久しぶりに、走った、はぁ、はあ〜……」

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