《MUMEI》
ただ、すれ違っていた
▽
『…どうだった?潮崎さん…
元気そうだった?』
「…ああ、普通だったよ…、傷もたいしたことねーみてーだし…」
『…そう、…よかった…』
「……」
『……』
ちょっとずれたら大惨事だったとか、刺された深さは結構深かったらしい事とか、それは…言えない。
何よりもあの男が無かった事にしたいと言ってくれたのだから、俺達はそれに甘えなくてはならない。
それは一番に惇の為…
…いや、俺の為なんだろうな。
『あと何駅?』
「今赤羽着くとこ、後残り三駅…」
電車は減速し停まる準備に入る。
少し空席のある車内。
何時もなら電車の中では着信は無視するのだけど、それどころか今日は俺からかけた。
どうしても、拓海の声が聞きたくなった。
潮崎の無事を伝えたかった。
『…真っ直ぐ帰ってくる?』
「ああ、そう言っただろ…」
『早く…、帰って来て…』
▽
早歩きがいつの間にか小走りになり、小走りから全力疾走に変わった。
しかし軽やかに走っていたつもりがすぐに足どりが重たくなり、あっという間にやけっぱちな走り方になった。
ホストの仕事と同時にまた吹い始めた煙草のせいか、
それとも運動不足のせいか、
または不規則な生活のせいなのか……。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、」
体が悲鳴を上げ、俺の意思とは関係なしに立ち止まる。
喉がカラカラ渇いて、荒い呼吸には器官の悲鳴が混ざる。
「…仁、おかえり」
「はあ、はあ、…
はあ、た、たく…み、はあ…、はあ…」
中腰の姿勢のままゆっくりと頭を起こすと、俺のスエットを着た拓海がつっ立っていた。
「めちゃめちゃ早かったなあ…」
「はは…、久しぶりに、走った、はぁ、はあ〜……」
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