《MUMEI》
街角の黒い海
 少女と別れ、やはり人通りの少ない道を戻っていく。少女と出会い、終始笑顔を作っていたカイルだが、いまは消えさりいつもの無表情。ポケットへと手を突っ込み周りに見向きもせず歩き、足は自宅へと向かって伸び続ける。
 「・・・・」
 彼が何を考えているのか、誰にも読み取ることは出来なかった。

 異変に気づいたのはそれからほんの少しあとのことだった。
 鼻孔を突く嗅ぎ慣れた、非日常。
 辺り一帯を支配しているのは人の気持ちを無条件で急降下させ、嘔吐などの症状を促す血の匂いと、殺人があったあとの独特の気だるく陰鬱にさせるような雰囲気だった。そこは虐殺の場にしてはあまりに平凡な道端で有り触れた景色の中で起こっていた。
 まるで子供の玩具よろしく。人形を面白半分で千切り、飽きたらその辺にポイッと放る。人形ならどれだけ良かったことか、しかし道に転がっているのは人間である。折れれば悲鳴を上げるし、裂かれれば血は吹き出る。この惨状、彼等の心境を考えれば哀れの何ものでもなかった。生きたまま肉を裂かれ、細胞の一つ一つが切れていく感覚にすべてを奪われ、死ぬ以前にそこに意識はあっただろうか。
 黒く固まっている中に埋まる肉塊に触れる。

 ――――――痛い、痛い、痛い、痛い、身体が・・・・・僕の・・・・・身体が・・・腕も、足も、指も・・・・・全部失くなっちゃった・・どうして・・ただ友達のところに遊びに行ってただけなのに・・・――――――――

 無慈悲に、理不尽に奪われた身体から想いが零れ出してくる。人間としての死ではなく、ゴミのように迎えた死。よって此処に縋り神の許に行くことも出来ず、離れられない魂が叫んでいた。
 哀れんだ瞳でそれを見て、カイルは子供のものだった部分から手を離した。この昼下がりに起きた悲しい事件に少しであれ関わったいま、彼に出来ることは残った魂に祈ることと片付けてやることくらいだった。
 祈ると言っても、カイルにしてみれば運が悪かったな。その程度で死んだ者たちを慰めることは止めにした。薄情に思えるかもしれないが、カイルにとってみれば本当にその程度のことだった。
 死者たちへの祈りをわずか数秒で済ませたカイルは何の躊躇もせず踵を返す。これだけの汚れとゴミだ。一人で片づけられるはずもなく、手頃な兵士を呼ぶためもと来た道を戻ることにして歩きだす。汚れた通りから出て角を曲がる、そうすれば何名かの兵士が時間を割り振りし巡回しているルートだった。
 あれほどの惨劇を目にしても微動だにせず対処していた若き騎士。真昼間に死体がゴロゴロしていたら普通もっと動じてもいいはず。驚いたり、吐き気を催したり、目を背けたり。しかしカイルはそんなことは一つもしなかった。それは彼が冷酷だとか薄情だと言うわけではなく、ただそう言ったものに慣れているからだった。
 二十歳を越えて間もない彼だが、その人生は波乱に満ちていた。戦闘で多くの死線を越えかけたこともあった。それらの経験が血や殺人という異常行為を一つの日常として覚えさせていた。
 経験上、ああ言った殺戮現場を見ることは少なくなかった。戦争はあれが日常茶飯事、あれを何度となく繰り返し、繰り返す。慣れてしまえばどうということが無い。あれほどまでの夥しい血の匂いも、死体を見ても、何の感傷も抱かない。
 彼からしてみればそんな哀れな被害者より、哀れな加害者のほうがまだ気になった。見たところ世界で普及している物で行った犯行じゃない、おそらくは異端の能力。そう思ってしまえば知りたい欲求は募るばかり。興味が湧かないはずもなかった、契約者かそれとも開眼者か・・・。どちらにしてもそいつを捜すのも頭に入れておかなくてはいけないと彼は思った。

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