《MUMEI》
聖人たちの眠る大聖堂で・・・
 重く、頑丈な扉を押し開いた。石造りの大聖堂内はひんやりとした空気で、どことなく肌寒さを感じた。聖人たちの像が立ち並び、エドが此処に入る資格がある者かを見定めている。
 「・・・・・」
 どこまでも高い天井を仰ぎ、歴史にその名を残してきた芸術家たちの絵画やそれに引けを取らない装飾が見える。外の喧騒が遠く聞こえるなか、エドの足音だけが木霊する。
 「ここに来るのも久しぶりだな」
 前方にある司教座の祭壇を眺める。天使たちを従え、信者へ手を差し伸べる神の姿。万物を救う神の姿がエドにはどう映ったのか。
 「・・・・」
 「いかがなさいました、今日は礼拝の日ではないはずですが」
 祭壇の脇から低く枯れた声がエドに尋ねてきた。目を細め無言で祭壇の彫刻を見たエドはそちらへ向き、その声の主を見た。司祭らしき年老いた男だった。何重にも重ねられたややこしいローブを纏っていて、無理やりにでも神に仕えるものだと言い聞かされているようだ。眼光は鋭く、年を感じさせない凄まじい眼力を持っていて、それからは明白な敵意を感じる。
 あまり怪しまれたくはないからな、探り程度にしとくか。敵意を受けつつもエドは素知らぬふりで話しかける。丁寧に頭を下げ、
 「これは司祭様。少々お聞きしたいことがあるのですが、構いませんか」
 「・・・なんですかな」
 和らがない眼光、変なことは言うなと釘を刺してくる。
 「調査のため、昨日亡くなった宮廷神官ハイムについての資料をいくつか頂きたいのですが、よろしいですか?」
 それにもろともせずエドは言葉にした。それをわかっていたのか司祭の返答も早く、わざとらしく両手を広げ教えを説くような動き。
 「何の調査かは存じませぬが、すでに亡くなった者の過去を掘り返そうとする行為を許すことは出来ません。それにこれは彼が残した願いでもあるのです・・・どうかお願いします。無残に命を散らせた彼の願いを聞き入れてください」
 諭すように言う司祭の顔は嘘で塗り固められているように見えた。偽りの笑顔、偽りの言葉。エドには司祭がすべてを闇に葬るために言葉を紡いでいるようにしか思えない。願いという言葉、教会の人間が好みそうな言葉だ。しかし、ここで食い下がって騒ぎにされても厄介なことになりかねない。
 「願い・・ですか。それならば仕方ありませんね、失礼させていただきます」
 少し残念そうに頭を下げ、エドは外套を翻し扉へと向かう。石床と靴裏がぶつかり乾いた音が大きな聖堂に響き渡り、余韻を残していく。
 「そうそう」
 ふと止まり、音は無くなる。踵を返しまだそこに立っている司祭の顔を見た。司祭はどうした、と言うような顔をする。司祭の臭い顔は皺だらけ。
 「司祭様から見て彼はどのように映っていましたか」
 騎士の問いに、司祭は皺をより一層深くして答える。
 「とても良く神に仕えておられたと思いますよ、彼も神の御許へたどり着けたでしょう」

 雄大な佇まいの大聖堂を見上げ、その力強さと美しさに魅入る。王都の日常の騒がしさに晒されながらもその神聖さを失墜させることなく、人々の信仰の象徴として存在し続けている建造物。幾つもの巨大な柱に支えられ、所々に填められたステンドグラス。柱廊には数多の聖人像が毎日を暮らす国民を見守っている。大聖堂のシンメトリーは人々の羨み、渇望する美というものを現実にしたものだった。
 大聖堂を出る寸前の問いに対しての司祭の台詞で、疑いは確信に変わった。願いという言葉で逃げ、人の良心をいいように使う。いまのエドにはそんな風にしか解釈が出来なかった。
 仮面の男と言う未知の存在が、エドモンド=アーレントを外から変革させていた。
 「俺も騎士のひとり、墓荒らしまがいなことはしたくないんだが・・・」
 小さく呟き、聖人たちに別れを告げ歩きだす。空模様はあまり良くない、今夜は雨になるかもな。そんなことを考えながら街に溶けて行った。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫