《MUMEI》
些細な事件
 クレアとメリルが部屋で話していると、扉が開き疲れきった顔のファースが帰ってきた。
 「どうしたの、元気ない顔しちゃって街で何かあった」
 クレアとの話を引きずり笑顔のメリルにファースはひらひらと手を振った。口にするのも嫌な様子。その様子にメリルは眉をあげ唇を尖らせる。
 ファースは話が出来るような状態じゃなかった。初めて人を殺したときを遥かに超える人数の虐殺に、あの一部始終を誰かに目撃されており、軍に伝えられるかも知れないという懸念。不安は止め処なく溢れ続ける。
 朝と同じ、彼の居場所となろうとしている継ぎ接ぎのソファーに顔から勢いよく倒れこむ。
 (どうしたのかしら、ファースったら)
 (・・さぁ、どうしたんだろう。やっぱり、街で何かあったんじゃないかな)
 憔悴した顔のファースを見て、ひそひそ話を始める二人。彼女たちが心配になるのも無理はない、こうしてソファーに身を預けているいまもファースのため息を漏らしているのだ。クレアが心配そうに声をかけようとするが、メリルはそれを止める。
 (いまはそっとしておきましょ)
 (だ、だけど・・もし何かに悩んでたら――)
 (だからよ。ファースが私たちに相談してくれるのを待ちましょ、こっちから聞いたってどうせ教えてくれないんだから)
 ね、と肩に手を置かれる。メリルのファースを気遣う気持ちにクレアは頷くしかなかった。
 それからの時間、ファースはソファーで横になり続けた。夕方になり日が沈むのを眺めながら、こんな自分と一緒にいてくれる二人の背中を見ていた。
 夕食の準備が整い椅子に座ってからは打って変わって饒舌になった。いつもと変わらないどうでもいい話をして食事を終わらせた。
 「今日あなたが買い出しに行ってから物凄かったんだから」
 ナイフとフォークを置きナプキンで口元を拭い、メリルが声高な声で話す。どうしたんだよ、とファースが尋ね、クレアも動かす手を止めメリルを見た。
 「ここのおばさんが部屋に突然入ってきて私を外に連れ出したのよ。
 しかもその目的がおばさんの夫が働いてるところで人手が足りないからって、食事を作るの手伝わされて―――それも五十人分も!
 そこの男の人たち既婚者はおばさんの夫だけで、私とおばさんだけで五十人分のシチューよ、考えられる?」
 「ずいぶん強引なんだな、あのおばさん・・・見た目通りだな」
 「はぁ〜・・・・」
 せかせかと働くメリルの姿を想像して笑うファースに、目を大きくして驚くクレア。しかしメリルの話はそこで終わらなかった。
 「笑い事じゃないわよファース。料理を作るのはまだ良かったけど、それからがとんでもなかったんだから!男の人たちみんなが私をお嫁にしたいだなんて言い出して、それも私と年齢差が十五歳も違うような人たちからよ」
 そう。彼女が言うとおり、ある意味ではファースの身に降りかかった事件と同等の事件だった。

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