《MUMEI》
綺麗な真水
 服を脱ぎ、蒸気でぼやけた浴槽へと足をつけていった。
 「・・・ふぅ」
 程よい心地よさに息が漏れ、体中から力を抜き上半身が湯に浸かろうとした時、昼間できた切り傷に染み、顔を引き攣らせた。
 傷の原因は兵士との逃走劇で切り倒した壁の破片だった。捕まるまいと必死で、初めて自分の意思で魔眼を発動させ、制御できた。
 ・・・三度目の正直とはこのことか?
 意識の集中が何よりも重要で、冷静さを欠いて発動できるほど容易くはない。『切断』は一ミリの誤差も許されない。この力は敵に使うものであって闇雲に、誰それ構わず使っていいものでもなく、これは俺の敵にだけ使うものだ。
 「・・使いにくいな、どうしてこんなもんが目覚めちまったのやら。
 まあ目覚めちまった以上、こいつとは仲良くしないとな」
 湯をすくい、見つめる。指の隙間から零れ落ちてしまうお湯は、どこまでも透明で手のひらを映している。
 「こんな風なままでいられたら良かったんだけどな・・・だけど、俺には無理だったな」
 罪を犯し、嘘で誤魔化し続けている濁った自分と比べて嗤ってしまう。殺人、騙し、虚栄。それらの不純物が混入してしまった自分は汚染された水、純粋な真水に戻ることはできない。出来ることと言えばさらに汚れていくことか、今の状態を保つくらい。ファースに出来ることはどちらなのか。
 「・・・・・・・俺・・・・か。」
 呟く声が浴室に響き、ファースは浴槽いっぱいのお湯に潜った。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫