《MUMEI》
頬を赤く染めて
 水面に気泡が上昇して、外と混じる。
 「ぷはぁっ!」
 息が続かなくなり顔を出したファースは茶の髪を掻き上げる。それからぼんやりと湯に浸かっていたファースはのぼせる前に湯から上がった。
 湯気の立つ身体を乱雑に拭いている間も考えていることは一つだった。水分を吸収して重くなったタオルを籠へ放り投げ、そのまま浴室を出ようと歩きだす。
 考え込みあまり意識せず扉へ手を伸ばした。
 ガチャリ。 ファースの手が扉へ届くまえに、扉は開かれた。扉の向こうには髪をたくし上げたメリルがいた。
 「・・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・」
 しばしの静寂のあと、固まり、徐々に頬を赤くしていくメリルを見て不思議に思い声を出した。
 「どうしたんだよ」
 訝しげなファースの声は聞こえているはずなのだが、一向に反応を見せず動く気配がない。硬直し続けるメリル。
 「・・・・・」
 しかし、よく見ればメリルは小さく震えていて、下から目を反らしている様子。目を背けるのはそこに見てはいけないものがあるからだろうか。思い、ゆっくりと目線を下ろしていった。
 「―――んなっ!」
 そこで驚愕の事実を知る。自分は服はおろか下着すら身に着けていなかった。隠されているはずのそこを見たであろう少女は黙ったまま目を反らし続けている。

 「どうして教えてくれなかったんだよ、あんな恥ずかしい格好見られちまったんだぞ」
 ズボンを穿きながらファースはしかめっ面で言った。扉一枚隔ててメリルは上ずった声を返してくる。
 「わ、私だって見たくて見たんじゃないわよ、もとはと言えばあなたがいけなんでしょ裸で扉の前に立ってるなんて・・・・」
 「あ、あれはその・・仕方なかったんだ、のぼせててだな・・・――――」
 焦って言い繕っているファースの声はメリルに入っていなかった。
 扉の向こう、廊下で待っている彼女の頬はまだ赤いままで、メリルの瞳は壁を見つめているが頭の中で見ているヴィジョンは違っている、しっかりと男の体つきをしているファースの上半身と・・・。
 (な、何考えてんの私!!)
 慌てて頭の中の映像を振り払い、一呼吸して扉を開けた。
 「とにかく、はやく出て行ってよね」
 そこには服を着終えたファースがいて、内心ほっとする。
 「・・へんなもん見せちまったことは謝るよ。悪かった・・だけどな、今度からは中に誰かいないか確かめてから入ってこいよな」
 唇を尖らせ指を立てるファースを見て、赤くなっていたことが可笑しく感じてしまった。自分だけが意識しているなんて、彼は意識していない。ならいいじゃないか。
 「ええ、今度からは注意することにする。また同じもの見せられたら敵わないものね」
 冗談混じりに笑い、ファースの胸を小突くと浴室を出ていくように背中を押していった。
 「そうだ、あなたも気をつけなさいよ。もしあなたが今日の私みたいな失敗を犯して、私かクレアの裸見たりしたら絶対に許さないんだから」
 悪戯に微笑う。
 「見たって気にしないだろ、ったく。俺たちは兄妹みたいなもんなんだから」
 「あはは、それもそうだけど、だからって見ていいものでもないわ、私たちはうら若き乙女なんですから」
 言い残し扉を閉めると、少女はスカートへ手をかけた。あっさりと落ちていくスカートに、それの代わりに現れたのは飾り気のない柔らかな下着。それでも彼女の品格が下がるわけではない、メリルは美しいと言える顔に、それに負けない肢体を持っている。
 「はぁ・・・ほんとにびっくりしたんだから・・・急のことで。あんな姿見せられて驚かないほうが可笑しいのよ・・うん」
 いまだどきどきと跳ねる心臓をなだめるため言い聞かせながら、最後の一枚を脱ぎ正しく折りたたむ。畳んでいた衣服の上へ置き、浴室に入っていった。

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