《MUMEI》
不気味な黒髪の青年
 夜も深まるばかり、歩くのを止め何となく腰を下ろしていたファースの前にある男が闇から染み出てきた。黒髪のスラリと背の高い青年、彼より年上か同じくらいか。とにかく背はファースより高い。身を包んでいる衣服からして軍の奴ではない模様、まず軍の人間だったらこんな夜遅くに出歩いている青年は容赦なくとっ捕まえているだろう。彼の目にかかる黒髪の間から見える切れ長な瞳が、彼を冷やかな性格のように思わせている。
 いや、前言撤回。思わせていると言うよりもその通りなのだろう、言葉は交わしていないが何となく視線が痛い。自分を品定めしているかのような気がして来て、何となく嫌な気分になる。
 「なんだよその目 ―― すっげームカつくんだけど・・」
 ナイフでも突き立てられているような鋭い視線を送られ、腹が立ちいきなり喧嘩腰のファースだがその気持ちはすごくわかる気がする。初めて会った人間にこのような態度をとられれば誰でも腹を立て、突っかかるのも無理はない。
 しかし、怒りを買っている青年はファースのそんな気を知らぬように口を開いた。

 「どうやって殺したんだ、あいつらを・・・・風系統の魔法か、それとも重力・・・」

 近すぎず遠すぎず、絶妙な位置で黒髪の青年は立ち止まり尋ねてくる。
 「は、何言ってんだ。出会い頭にその目で、殺しただの物騒なこと言ってきやがって、あんた何考えてんだよ!」
 「オレのことはどうでもいい、答えるのはお前だ」
 風の魔法とか重力とか、わけのわからない台詞を吐いてくる青年は怒っているようだったがそんなことはファースも同じだった。
 自分のことは明かそうとせず問答無用でファースを問い詰めてくる、礼儀がなってないと思ってしまうのは当然だった。
 「おいおい、自分が名乗りもせずに人に尋ねてくるなんざどういう教育受けてきたんだ、どうせ良いとこのお坊っちゃんなんだろ?」
 偏見に満ち、顔立ちからの判断だがおそらく間違っていないはずだろう。不躾な態度をとってきている彼からは、何処となくそう思わせる上品な佇まいがしている。動き一つとってみてもシャラリンと星が散りばめられそうな感じ?
 なんて言うか生まれついての資質だろうか?
 しかし、やはり上品であろうと不躾に変わりはなかった。
 売り言葉に買い言葉。しかしファースの挑発的な言葉をも無視して青年は不吉なことを言った。
 嫌悪を視線に乗せ、一直線に座っている青年へ突き刺し、
 「答えろ・・・一日も経っていないんだ、昼のことを忘れたとは言わせない」

 『一日も経っていない』
 
 『昼のこと』

 そして出会い頭の 『どうやって殺した』
 「・・・・・・な、何言ってやがんだ―――わけわかんねえよあんた」
 身体が凍りつき、達者だった口が開いたまま閉じられない。
 あんな方法で行った殺しでファースが犯人だと判る筈がない。直接的に殺ったのではなく間接的に、それも何の得物も使っていないのだ。ファースが殺ったという証拠はどこにも残していない。
 たとえ彼があの現場をどこかから見ていたとしても、ファースはただあの場に立っていただけ、不思議な事件で助かった唯一生還者として見るのが普通の考えであろう。
 「・・・ハァ、ハァ・・ハァ、ハァ・・・」
 青年の放った単語がぐるぐると回りつづけ脳が激しく回転する。
 理解しがたい状況だがおそらく黒髪の青年はファースが犯人だと気づいている。あのような異能を駆使した殺人を見抜けるとは、異能に関わりを持っている人物なのかもしれない。
 冷たい、冷酷な印象はそう言った異端が原因なのかは知らないが黒髪の青年が危険な存在であることに変わりはない。彼はこれからしなくてはならないことが多くあるのだ。
 殺るしかない、か。

 「変な気は起こさないほうがいい、オレはお前を殺す術を持っている」
 
 こちらは暗闇で顔が見えないはずなのだが、ファースの目の色が変わったのを察したように黒髪の青年はそう告げてきた。

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