《MUMEI》
・・・・
 殺人を決心し動こうとした身体が、ギシリと可動部の油が切れたゼンマイ人形のようにぎこちなく止まる。それはたった1小節の言葉なのだが身体の奥底、最深部まで深々と穿ち動こうとする身体の自由を奪ってしまった。
 全神経が訴えてくる。この男は危険だと。
 もはや動くことすら許されないのだろうか?
 言葉にしていないもののその1小節は『動けば殺す・・・』そう言われているような錯覚に陥ってしまうほどの意思が込められていた。
 しかしここでただ黒髪の青年に従うわけにはいかない。このまま彼に従い、固まっていたところで何の解決にもなりはしないのだ、何かしらの行動を起こさなくては前には進めない。
 身体を動かすには彼の言葉を前向きに解釈しなくてはならなかった。楽観的(ハッタリ)と認識して全神経に暗示をかける。
 無理やりに勘違いさせることに成功し、随分と突飛なことを言う彼を睨み見る、少し離れたところで立っている彼の場所は蝋燭の灯りがあって、影はあるものの顔を見ることは出来る。彼の表情は真剣そのもので、冗談を言っている風には見えない。何か隠し持っているのか。身体を下から上へと凝視する。
 だが身一つ、彼は武器になるような物を持っているようには見えない。
 「どうやって俺を殺すって言うんだ?武器も持ってないあんたが。
普通では考えられない奇跡でも起こせんのか?それとも視ただけで物を切る力でも持ってんのか?」
 嫌な汗を流しながらも虚勢を張るファースは、自分で言っておきながらあり得ないと言うように鼻で笑うが、彼は何故か納得がいったように顔を綻ばすと俯き、その端正な顔を影で隠した。
 「そうか・・・・視ただけで物を切る―――か」
 青年は気味が悪かった。異端に属するファースが思うのもなんだが、彼はどこか違っていて自分と噛み合っていないところがある。こちらの知らないことを知っていて、勝手に納得して微笑っている青年に薄ら怖さを感じずにはいられない。彼の言葉の意味は何なのか、ファースは唾を飲み込む。
 「な、何か俺が可笑しなこと言ったかよ。あんたなんだか変だぞ、さっきからわけのわからないこと言いやがって、一体俺に何の用があるんだ」
 ファースは青年が人の皮を被った、別の生き物のようなに肌で感じていた。防衛本能が働いているようで、知らぬ間に身を縮み込ませている。人間とは違うモノと話しているような違和感が恐怖心を煽り、捲し立てた。ファースの取り乱しようを見て青年は初めて会話を成立させた。
 「ああ、気にするな。もう済んだ」
 問いに答え、青年は踵を返す。
 呆気にとられ言葉を失うファースをよそに、彼は去っていく。青年との距離が離れるにつれ危機迫っていたものが引潮に連れ去られていった。緊張の糸が切れ、殺ろうとしていたことも忘れて不気味なモノが去ったことに心が和らいだ。
 「・・・・その能力はいずれお前の身を滅ぼすことに成るだろう。
 ――――それまで惨めに足掻き続けるんだな」
 暗闇に溶けるその際に、彼は背中越しにそんな皮肉を口にして消えていった。

 『いずれお前の身を滅ぼすことになる』

 ? どういうことなのか、これまで使って来て身体に何らかの負担がかかったことは一度も無い、使用後のあの眩暈も動悸もすべては彼が人間である証拠。異能が関わっているわけではない。
 ならなぜあの青年はあんな台詞を吐いたのか、ただの皮肉だったのか。
 いくら考えても、今の彼に答えを出すことは出来なかった。

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