《MUMEI》
・・・・
 少女は表通りの店を紹介していく。
 「あの二つ目が靴屋で、その隣が酒場」
 自分の町を楽しそうに、一つ一つ丁寧に教えてくれる。無邪気な笑顔を見せられファースも何の気兼ねもなく話すことができた。
 「この町が好きなんだな」
 紹介されている店を眺めながらファースはそう言った。少女は虚を突かれたように語りを止める。置かれている靴に目を移す。
 「見てればわかるよ、知りもしない俺の案内役を買って出て、それでこんな風に話されたらな」
 手に取り品定め、靴にあまり詳しくはないが何となくやってみた。回し、裏返し、中を覗く。そうして元の位置に戻した。
 「あんたのおかげだよ。俺もこの町を好きになれそうだ」
 隣に立つ少女を見る。少女は意外そうな目を向けていて、口を小さく開いていた。
 「そう、なら良かった。町を好きになってくれるんなら大歓迎よ」
 故郷を褒められ、自分のことのように喜ぶ少女を見ているとあることに気づいた。
 時間が過ぎ去るのは早いもので、表通りを歩きつくした二人は休憩を兼ねて庭園へとやってきていた。青々とした草木に囲まれ、丈を整えられた芝生に腰をおろした。水をやったばかりなのか水気を含んでいる。
 足を伸ばしきるファースに、その隣でスカートを直し脚を崩すメリル。それぞれに周りを見渡し木と木の間を吹き抜ける風に髪を押さえた。
 会話はなく、ただ時を共に過ごしていく。
 木漏れ日を受け、心地よさは増すばかり。
 となりに目をやれば少女は遠くに見える花を眺め微笑んでいる、ファースは木を見上げ枝に巣があることに気づいた。見れば巣には三羽のヒナ。
 小さなくちばしを精いっぱい開き親鳥の持ってくるエサを待ち続けている。
 
 過ぎゆくは優しい時間。

 満たすはささやかな幸福。

   ・・・・・

 「ねえ、最後にもう一つだけ付き合ってくれる?見せたいものがあるの」
 不思議に思いながらも頷き、少女のあとをついて行く。庭園を出て、表通りを抜ける。
 「一体どこに連れてってくれるんだ、町を出ちまったけど」
 ファースの言うとおり、町を出て丘へと向かって歩いている。先導する少女は「お楽しみよ」と上機嫌で足を運び続ける。お楽しみと言われた以上もうなにも言うまいとファースも黙ってついて歩く。
 小高い丘を登っていく。木を支えに道なき道を進み、頂上を目指す。
 「まだなのか」
 町を出るころはまだ日は上がっていたのだが、沈みはじめたいま、痺れを切らして口を開いた。
 「頂上なんてまだまだ先だぜ、このままじゃ日が沈んじまう」
ファースの頂上という単語を聞き、少女はふり返りファースの顔を見た。頭の上には?マークを回している。
 「誰が頂上へ行くなんて言ったの?行くのは頂上じゃないわ、あともう少しだから頑張って」
 うっかり頂上を目指しているものと思っていたファースは早とちりな自分に呆れを感じていた。
 丘の中腹辺りまで登り詰め、もともと緩やかだった傾斜が無くなり少しのあいだ歩きやすくなる。木と木の間を抜け、少女は足をとめた。

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