《MUMEI》
・・・・
 「着いたわ、ここがあなたに見てもらいたかった場所。このくらいの時間が一番綺麗なの」
 前を見るように促してくる少女の言われるまま、ファースは彼女から目を離した。    「・・・・・・・・・・これ」
 目に映った景色は絶景だった。真正面にファースたちが今日一日過ごした町があり、沈みゆく夕陽をバックに朱く染まっている。町の周りは平原になっているため朱い海に浮かぶ孤島、そんな風に見える。風が吹き、揺れる草は波。
 言葉は必要なかった。そんなものは無粋なもの、そのような手段で飾らずともこの景色は美しい。葉の擦れる音に、鳥や、虫たちの控えめな囀りが響く。
 二人は夕陽が沈むのをただ見つめ続けた。ファースはあることに気づき、となりで景色を眺めている少女に尋ねた。
 「そういえばお前の名前、まだ聞いてなかったな。なんて言うんだ」
 とても大切なこと、その人の存在を表す手段の一つ。少女は夕陽から少年の顔へと視線を移した。沈みゆく夕陽が彼女の頬を照らし神秘的な雰囲気を醸し出していた。少女は顔をほころばせ、自分の名を口にした。
 「・・・・メリル」

 時が経つのは早いものだとつくづく思う。顔を出しきった朝日の眩しさに目を細めながら足を組みなおす。これほど鮮明に思い返すことのできる思い出はほんの少し、一年にも満たない年月なのに、あの時とはすべてが違う。場所も、心も、身体も、気持ちでさえも。ファースは戻れない過去に思いを馳せながら重たい腰を上げた。

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