《MUMEI》
・・・・
 ベッドの皺を伸ばしシーツを綺麗に畳みながらメリルは言って聞かせる。それをクレアは包丁を持ったまま真剣に聞いている。そのことについてはクレアもメリルと同意見だった。毎日ファースを起こしているクレアだが、あれほど朝に弱い人物をクレアは見たことがなかった。いつも起きるのは朝食の匂いに誘われてか、それでも目覚めないときはメリルが無理やり起こすか、そのどちらかだった。それが今日はクレアが起きるより早く、自分で目覚めどこかへ出かけている。確かに珍しい出来事だ。だがクレアはそれを考えられないわけではない。人は変わるものだ、何かの影響でファースは朝に強くなったのかもしれない。クレアはそんな甘い考えを持っていた。
 「信じられないかも知れないけど、ファースくんも変わったんじゃないかな?」
 シーツを畳み終えベッドの上にポスっと座り、足をパタパタしているメリルに話した。
 メリルはうーんと唸ってから、天井を見る。古いため無数のシミができていて、あまり気分のいいものじゃなかった。それも含めて顔をしかめる。
 「そうだったらいいと思うけど、あのファースがそう簡単に変わるものかしら・・・」
 「きっと変わったんだよ、私たちに迷惑かけないようにって」
 何度も繰り返し変わったと口にするクレアは、そうであると信じたいようだった。それをメリルにも分かって欲しい、否定的な考えを拭って欲しいから。
 一生懸命に自分の考えを改めてもらおうとしているクレアの姿を見て、メリルは微笑んでいた。何事にも一生懸命で、こうして今もファースを悪く言っている(クレアにはそう見えてしまっている)メリルにそれは違うんだと、弱々しくはあるが訴えかけている。小動物のようにせかせかと動き、一挙一動に敏感に反応するところがあると思えば、天然で間違ったり、揶揄を揶揄と受け取らなかったり。不思議な子だった。
 いまもメリルが話すのを待ってじっとメリルを見つめている。これほど少女が言っているのだ、本当に変わったのかもしれない。そう思えてきたメリルはベッドから立ち上がり元気に頷いて見せた。
 「・・・そうなのかもね」
 メリルの笑顔を見て、クレアは嬉しくなって頷いた。
 「うん、きっとそうだよ」
 「ちょ、ちょっと危ないわよクレア、あなた包丁持ってること忘れてない」
 包丁を持ったまま、クレアは喜びからか大はしゃぎしていて、包丁の刃はずっとぶんぶん空気を切っていた。
 「あっ!」
 言われ、自分が包丁を持っていることに気づいたクレアは驚き、包丁から手を放してしまった。包丁は床へと一直線に落ちていき、床に浅く突き刺さった。刃が突き刺さったその数センチ先にはクレアの足、腰が抜けた彼女はぺたんとお尻を床につける。
 静かな朝が、すこしずつだが変わりつつあった。

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