《MUMEI》
「物語」
 ミーンミンミンミンミー……! ミーンミンミンミンミー……! ジジジッジジジッジィー……! ミーン……


「さて、この問題は……」

 うるさい……。

「出席番号二十三番、陸奥実(むつみ)やってみろぉ!」

 うるさいな……。

「おぃ、聞こえてるのか?」

 うるさい……!

「陸奥実! 返事くらいしろよなぁ!」

 うるさい!

「むっ、陸奥実さん、呼ばれてますよ……?」

 うるさっ……あっ……。

「……悪い……5x+6y−11=0です」

「……正解だ。これはある難関大学の問題なんだが……。陸奥実は流石だな。それでは、解を説明するぞ!」

 やっとうるさいのから逃れられる。いや、まだ続きそうだな……。





 俺はふとして窓の景色を眺めた。俺の席は窓側の前から二列目にある。
 そこの端には木の枝がひょっこりと入っていて、そこにいるセミが元気にお尻を揺らしているのが見える。
 目線を校庭に向ければ、体育で頑張っているだろう生徒たちがコースに沿って走っている。
 さらに奥の校門は日傘をさして歩く人が通ったのがわかる。
 それに比べて、窓を閉め切った密閉空間。一年前に導入された文明の利器が空間を冷やしていく。そして俺の頬にその風がかすり、気持ち悪いほどに体温をさらっていく。
 黒板には先ほどの問題の答を書いていく教師。それを逃すまいと真剣な眼差しを送る生徒たち。そんなに悪な連中ではないが、こうして見ると哀れにも思えた。


キーンコーンカーンコーン……、キーンコーンカーンコーン……!


 学校特有のベルが空間に振動を与えた。ちなみにうちの学校は電子音だ。
 その途端に教師は動かしていた赤チョークを止めた。

「……ふむ、今日はここまでだ。復習だけはしっかりな。では号令!」

 ある男子が台本通りにかける。それによって授業は終了した。

「…………ふぅ」

 今日はなぜか疲れてしまう。さっさと帰ってのんびりしたい。ということで俺は帰る支度を早く済ませた。
 だがその前にSHR(ショートホームルーム)があることをすっかり忘れていた。
 それはあざ笑うかのように始まる。ちなみに担任は今の数学教師、岡本だ。

「ここ最近、ニュースでも報道されてるが、自殺者が増加しているようだ。老若男女関係なく……な」

 西暦2019年の現在、別に大した問題ではないと思う。だが、それを聞いていい気分になる人間になる人間などいるわけがない。
 この“自殺”は最早、社会問題にまでなっているくらいだ。

「みんな、一分間だけ時間をくれ……」

 この部屋に無音の、悲しい時間が訪れる。みんな俯き手を合わせ、目を閉じる。
 死者に対する黙祷。
 若干一名はしていないが。
 その後はいつも通りの連絡だった。全く俺には関係ない。

「では、解散!」

 全員一斉に立ち上がった。荷物を持って別れの挨拶を交わしながら出ていく。廊下に待たせていた人は笑いながら人混みに消えていった。
 俺は少し遅れて廊下を出る。そうしないと巻き込まれるからだ。案の定、そんなにいない。
 背伸びをして階段を降りようとした時、後ろから声がした。そっと振り向く。

「むっ、陸奥実さん……」

 そこには髪の長い女子が両手に鞄を持って立っていた。
 背中あたりまで伸びた栗色の髪、ほんのちょっとだけ顎がとがった柔らかい顔つき、透き通った茶色の優しい瞳をしている。
 その娘は俺と目が合うと恥ずかしそうに視線を外した。

「一緒に、帰りませんか……?」

 この数ヶ月、彼女から声をかけられることはなかった。俺自身が消極的だからかもしれない。

「……いいよ」

「えっ、あっ……ありがとうございます!」

 たまにはいいかなと思っただけだ。そうに決まっている。そうだ、うん。
 敬語は使わなくていい、そう伝えるのだが、これは癖なんです、と平然と返された。
 俺はこの不思議な気持ちを抱えたまま彼女と歩いていった。

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