《MUMEI》 俺は靴を放り出してから居間へ続く廊下を走る。断じて幽霊が怖いからではない。なんとなく走りたかっただけだ。 そして居間に入り、壁伝いにスイッチを探す。あった。 電灯は何回か点滅した後にようやく点いてくれた。でもその光はまるで劇場で俳優を照らすスポットライトのようで寂しかった。 鞄は隣の自室に放り投げておいた。その際に時間を見といた。 「今は五時半くらいか……。買い物は遅くなるし、残り物でなんとかしよう」 俺はエプロンを着て台所に向かった。 今日はカレーにしよう。冷蔵庫にはにんじんもあったしジャガイモは……辛うじて残っている。肝心のタマネギは昨日、近所のおばさんから大量に頂いたばかりだ。 そして約一時間後には、スパイシーな香りを醸し出すカレーが完成した。作り方は……省かせてくれ。ただ、レトルトではないことは確かだ。 「さてと、いただきます」 自分で夕食を作り、買い物を考えて生活していく。これはつまりは、一人暮らしだった。そう。俺は今、一人暮らしを始めている。誰も家族と一緒に、とは言っていない。 というのも、受験を控えていた頃に両親と兄と姉を亡くしてしまった。俺は父さんの兄にあたる言わば伯父さんに預けられた。だが、合格した高校とはかけ離れすぎていた。それで結局一人暮らしとなったわけだ。 「流石だな。二年でこの成長は我ながらすごい」 まあ、確かに一気に四人も喪うのは相当辛いが、泣いてても何もない。この割り切りの良さが今に繋がっているのである。 「ごちそうさまでした」 もし、一人暮らしを始めるなら絶対にしなければならないことが二つある。それは節約と交友だ。これさえやればどうにかなるものだと最近思う。 「片付けは……明日でいいか。風呂に入ろ……あ」 風呂に水入れるの忘れてた……。 …… お陰様で只今九時。風呂に入るのに一時間もかけてしまった。まあ湯加減は最高だったが。 俺は歯磨きをした後にあれに取りかかる。 [あなたは死にます。] どうしても気になる。いくら悪戯だろうが何だろうが動機はあるはずだ。と言っても考えても無駄だが、暇つぶしということにしてくれ。 「素手で出したのなら指紋がついてるはずだよな。……」 俺は徐にテレビを付けた。楽しいのは……、ないか。 結局消した。 「……仕方ない、勉強でも……」 ピンポーン! いきなりベルが響いた。思わず体が飛び跳ねる。 俺は玄関に急いで向かった。 まず、チェーンを外して格子を引っ張る。鍵を二つあけて玄関の端にあるタッチパネルで番号を押した。これで漸く開けられる。……4.2秒か。まずまずだな。 「どちら様ですか……ってあれ?」 ドアの先には誰もいない。真っ暗な景色だけだ。俺が靴を履いて外を見渡しても、同じ。 何とも薄気味悪い。 「また鍵閉めなきゃ」 俺的にはそちらの方が重大だ。これらのセキュリティーは外すのは早いがかけるのは面倒。特に暗証番号が。もう鍵だけでいいだろうと思い、チェーンと鍵だけかけた。 でも、これらは決して無駄ではなかったのが後に思い知らされた。 「なるほどな。悪戯の領域は越えてないようだ」 振り向いた先には、手紙が置いてあった。玄関マットの上に。 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |