《MUMEI》

「……あの時大丈夫でしたか?」

「えっと……、まぁ、眠かっただけだ」

 なんでこんなにも返答に困るんだろう? 俺は奥手ではないのだが……。
 彼女の名前は東條 真乃(とうじょう まの)。俺の隣の席の女子だ。そして六限目の数学で気遣ってくれた人だ。まぁ、無視してただけだけど。
 正直なところ、彼女に頭が下がる事がいくつもある。感謝はいくらしても足りないほどだ。でも本人は気にしないでほしいので、心の中で礼を言っている。
 東條が一歩先に行って勢いよく振り返った。

「何でしなかったんですか!」

「? 何を?」

「“黙祷”です! ダメですよ、しなきゃ……」

 怒られるのは当然か。
 東條は俺の目をまじまじと見てくる。クリアな瞳に俺が映っていた。ならばこちらもと見返す。すると驚いた表情を見せて数歩先に歩いた。少し紅くなっている。

「とっ、とにかくそういう儀礼的な事はして下さいよ!」

「……わかったよ」

 よろしいです、と指を立てて言うと二人して笑いあった。なんか可笑しかった。ちなみに、どういう縁かはわからないけど、席替えをしても隣にいた気がする。それを含めても可笑しかった。
 こんな時間は嫌いではない。なんというか、ゆったりと落ち着く時間を肌で感じれるような、静寂とは違う時間がよかった。
 歩道が赤く染まりながら黒い面積を広げていく。先ほどまで蒸し暑かった空気も、冷めた風のおかげでいくらかマシになっていく。
 俺らは談笑しながら歩いていった。

「あっ、私はここで……」

「あぁ、気をつけろよ」

 俺らは二つの道にそれぞれ別れた。東條の背中を見送っていると、振り返って手を振ってくれた。俺もそれに応えて、自分の帰路に入るのだった。

「……ふぅ」

 再びの閑静。それは体に纏わりつきながら空しさを感じさせる。もう自分の足音しか耳に入らない。
 あの娘はいい感じだなあ、とか、思ったりした。今時ではそうはいないだろう。
 だが、それよりも重大なことがある。俺は暇つぶしにあれを考えてみることにする。


[あなたは死にます。]


「……ふぅ」

 そう。あの手紙だ。
 最初は入れ間違いか寝ぼけてたのかと思った。でも確かに俺宛だし、顔を殴ってみたが本当だった。我ながら痛かった。
 俺に対する悪戯……はちょっと考えづらい。それならばあんな手間暇かけて手紙は作らないし、悪戯の趣味も悪い。
 かと言ってこれが本物なら相当困る、というか嫌だ。

「ふぅ……、っと」

 足に何かが引っかかった。石だった。
 そしてこれは着いた合図。
 俺はいつの間にか家に着いたようだ。どうやら足が早くなっていたようだ。
 家と言ってもマンションだ。三階十九室あるここは一年前に建てられた新しいマンション。俺はその一年前にタイミングを見計らって引っ越してきたのだ。
 俺は案外気に入っている。特にこの鉄板を張り付けたような階段は哀愁を漂わせる代物だ。それをテンポよく二階まで上っていく。そして三つ目のドアの前で止まった。

「……鍵は……と」

 財布から取り出してドアを開けた。

「ただいまぁ」

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