《MUMEI》

事故の後、実はこっそりユウヤに逢いに行った。でも、病室の前まで行ってそのまま中に入ることはなかった。集中治療室から個人部屋に移されたとかで看護師の出入りが絶えなかった。そして看護師同士の会話はぼくをさらに凍りつかせた。

「機械の調子はどう?止まると呼吸できなくなるからチェック忘れないでね」
 
「血液と尿の管、取り換えを忘れないでね。それから食事や飲み物、決められた物以外は詰まるといけないから絶対に与えないでね」

 どうして、ユウヤだけが…

 入院の経験がないぼくは、恐怖に脚がすくんで動けなくなっていた。

 ごめんね、お見舞いに行けなくて…こんな弱くて勇気のないお兄ちゃんで本当にゴメンネ…
 
 思いが次から次へと湧き上がって涙が溢れ出してくる。そしてそれをジーっと優しく見守る視線が、気が付くとすぐ後ろにあった。
その瞳は紛れもなくユウヤそのものだった。

 ユウヤ...この猫は動けないユウヤの分身なのかもしれない。ぼくには特別何もして上げられないけど、パンを上げることくらいなら出来る。
琥珀は涙を拭き、そっと立ち上がって戸棚に入ってる食パンを取り出し耳をちぎって優しく差し出した。

「いつからここに居たの?お腹空いてたよね。気が付くのが遅くなってごめんね」

トラ模様のメインクーンは一瞬ためらったあと、ぼくの視線に安心したのか美味しそうにパンを食べ始めた。

 これから出来るだけ毎日パンとミルクを上げよう。

 何もして上げられない弟、ユウヤへの罪の意識を拭うように、琥珀は初めて強く心に誓いを立てた。

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