《MUMEI》

こうしてはいられない、伝えるべきことはちゃんと伝えた。茶々丸の電話番号と現れる場所、見た感じはちゃらいけどアイドルやモデルのスカウトに関してはプロだと言ってある。ハッタリもいいとこだ。でもこうなったらもうぼくは用済み、早く此処から退散してしまいたい。彼女の深い眠りに顔を近付けて確認する。規則的な息が琥珀に安堵感を与える。起きてしまわないようにベッドの動きと照明はそのままにして置いた。
 
 部屋は昔ながらのシステムで内ロック式、古い建物だからカウンターは一階フロアまで行かないと無い。

 もっと考えてからラブホ選べばよかったな
と入った瞬間は思ったけど、こうなると都合がいいなとさえ思う。ホントに勝手。フっと苦笑いを浮かべながら煙草を掻き消し、そっと扉を閉め、立ち去ろうと廊下の角を曲がって直ぐのエレベーターを待って立っていた。久し振りのひと仕事を終え、変な満足感と安堵感で力が抜けてゆくのがわかった。

 通い慣れた道から外れた細い道沿いにこの見た覚えのないラブホがなかったら、ぼくは心を変えて罪の意識で違う展開になっていたのだろうか?神のみぞ知る。
 各部屋にはまるで誰も入っていないかの如くひっそり静まり返って、ちょっとだけ動いたときのシューズの擦れる音だけがキュっと廊下に響き渡る。

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