《MUMEI》

ただ、彼の立っている位置には落ちかけた残陽が優しく包み込み、どことなく意味あり気な雰囲気をかもし出していた。
 私はマヒしてしまっていたのかもしれない。十字架のお墓を見つけることばかりに夢中になっていたから。自分が見つけ出そうと懸命に探したけど見つからなかったから。

 そしてセリフは続く。

「夕べホテルにいたでしょ?全部見ちゃったんだ、ぼく」

 えっ?

 時計が動かない。一瞬にして現実に引き戻されてしまった。口から何も言葉が出て来ない。このとき私はいったいどんな表情をしていたのだろう?
 物事はスローモーションで進んでいった。
まずは周りに人がいないかを確認し、再び向き直ってゆっくりと呼吸置いてから思考を始めた。
 
 夕べのこと、と言えば…

 頭の中にあるゼリー状の液体が覚えていること。リーマンの男とホテルに行った。でも部屋に別の誰かが入るわけない。それともホテルの従業員とかで隠し撮りしたビデオを観たとか?いや、それだけで私と判断出来るハズがないし。第一、私はこの男を知らない。
 しかも今はほとんどノーメイクにブラックヘアー、クラブやホテルなど遊びのときの金色のウイッグに幾重にも重ねた付け睫毛と派手なラメ化粧とはまったく違う。どう考えても同じ女だと決めつけられるハズがない。

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