《MUMEI》

返してもらおうと金縛りが解けて伸ばしかけた手を、さゆりはギュっと両手で固く握り締めた。

「あ・りが・と・・う」

 それだけを言い残して以前のように、にっこり微笑んで倒れてしまった。

 それからのことは、もうほとんど覚えてない。気が付くとパトカーはどこかへ消えて救急車のサイレン音だけ耳に残って、輪になっていた人だかりもいつの間にか無くなっていて、何事もなかったようにいつもの人混みに戻っていた。
 ぼくだけが現実を飲み込み切れない狭間で葛藤したまま。

 ぼくを好きでいてくれたさゆり。学生時代から付き合いを無視して適当にあしらって。お金のためにぼくは君と寝て最低のヤツらに売ったとゆうのにーありがとうだなんて…

まだほとんど日にち経ってないのに、あれからきっと薬浸けにされて好き勝手されて。人間は短い間でこんなにも変わってしまうもの?
 胸が苦しくなって来る。罪の意識が琥珀に覆い被さって、心臓をわし掴みされて立っていられないほどにー

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