《MUMEI》

ぼくは思いのままマンションの前まで来ていた。すでに何度か訪れたこの場所。ステンドグラスのはめ込まれたガラス張りの天井に、英国調に彫られた模様の柱。聳え立つこのデザイナーズマンションも今では威圧感なく懐かしいとさえ思える。

 それでも大理石の床に敷かれた真っ赤なじゅうたんの上を歩くのには勇気が必要だった。ルナに逢える嬉しさと緊張感で自然と歩みが遅くなる。それに今日は特に茶々丸のよこしたガキたちに襲われて、胸元辺りの痛みが前回の一騎打ちより酷い。呼吸は異常ないみたいだから気にすることはないと思うけど。
 今夜はマンションのはめ殺しの窓を照らす月からの光はわずかしか差し込んいない。どうやら昼間の曇った天気と同様、少し機嫌が悪いようだ。右手で胸を押さえながら最上階である九階のルナの部屋の扉の前まで辿り着いた。
胸を押さえてる手を左に変えて右手でベルを鳴らす。相変わらず重厚な扉の向こうに気配を感じることは難しい。

 もしかしたら寝入ってしまったのかもしれない。ベルは鳴らし過ぎると近所迷惑?みたいな庶民的なことまで考えてしまう。そして
間を置きながら何度か押してみた。

 やっぱり出ない。

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