《MUMEI》

絶無の荒野

その名の通りそこには何も無い。枯れ木どころか岩すら無く、ただ延々と死んだ大地が広がり強風が吹き荒ぶのみ。故に『絶無』。圧倒的なまでの『無』はあらゆる命を拒み否定し喰い尽くす。魔獣とて例外ではない。

荒野の暴君たる『無』から逃れられる唯一の存在が、エデンだ。村の中心部に聳える大樹の根が届く範囲は豊かな土壌を保っており、その範囲内を指して『エデン』と呼ぶ。正確に言えば『エデン』は村の名なのだが、地域ごとエデンと呼ぶのが一般的だ。

今ヴァンはエデンの地に立っている。風に灰色の髪を遊ばせながら荒野を見つめている。その瞳は射抜くような眼光を発しているが、どこか哀愁を帯びていた。それは愚かなヒトの所行によって本来の姿を失ったかつての原野への哀悼なのかもしれない。

つい先程村長との話を終えたヴァンは、魔獣の出現情報に従いエデンの東口に待機していた。エデンの東に奴らの拠点があるのだろうが、闇雲に探し回ったところで見つかる筈がない。そこで襲ってきた魔獣たちを適度に痛めつけ、退却していくのを追跡することにしたのだ。

「よう、ご苦労さん。」

若い男の声がした。ディンだ。

「……何の用だ。」

「いや何、依頼を見届けようと思ってさ。いいか?」

ヴァンにとっては迷惑極まりないが、依頼者は立てなければならない。嫌そうな顔をしつつも了承した。

するとそんなヴァンに気が付いたのか、ディンが取り繕うように慌てて話す。

「そ、そうは言っても最初の戦いを見るだけだぜ? あんたの戦いぶりを見たいんだ。」

「……見たい理由は何だ。それによっては許可できない。」

ヴァンの戦い方など他人に見せるものではない。『相手を殺す』ことに特化した彼のそれは、一般人には刺激があまりに強すぎるのだ。

「参考にしたい。俺が強ければ何かあった時他人に頼る必要がなくなる。あんたから戦い方を教えてもらえるとは思ってないからな。せめて、見て、盗みたい。」

ディンの目は真剣でどこまでも真っ直ぐだった。だからこそ――

「ならば駄目だ。」

「どうしてだ!」

ディンが食い付いて来るのは至極当然だろう。彼の答えは本心であり、最高の答えだったのだから。故に許可はできない。

……お前は、お前のような者はこちらに来るな。

前へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫