《MUMEI》 宇宙の法律沢村翔は、少女をまじまじと見た。覚えがない。 「初対面なのに、なぜオレの名前を知ってる?」 「それはあなたが有名人だからよ」 「有名人?」 「あたしの名前はライム。よろしく」 ライムは手を差し出したが、沢村は警戒して握手を拒んだ。 「ライム。来る夢か?」 「違うわ。そのままライムよ。あたしは、地球人じゃないから」 ライムの目が光ったように見えた。沢村はますます身構えた。 「じゃあ宇宙人か?」 「天使よ」白い歯が美しい。 「天使?」 「時間がないの。あなたに知らせたい重大な話があるの。あたしの話を聞いて」 新手の詐欺か。 「どんな話だ?」 「ロングストーリーよ。翔君のアパートで話しましょう」 「アパートはダメだ」 「なぜ?」 「招かざる客が来ると殺したくなる」 ライムは真顔で翔の手を握った。 「それがあなたの悪い癖よ。想像上でも人を殺したら罪になるの」 「ならないよ。警察も頭ん中までは見えない」 「それは国法の話でしょ。宇宙の法律では罪になるわ」 「宇宙の法律?」 「翔君の願いが叶わない原因は、宇宙の法律を破り過ぎるからよ。あなたは重大な使命を帯びてこの地球に生まれ出た戦士なの。足踏みしてる場合ではないの」 詐欺にしては科学的だ。沢村は興味を持った。 「面白い話だな。新作に使えそうだ」 「新作?」 「SFだ。前からSFファンタジーを書きたいと思っていた」 「そうね。SMばかりじゃまずいもんね」 沢村が睨んだ。 「オレのノートでも見たのか?」 「読心術よ」 「エスパーか?」 「エスパーは地球人でしょ。あたしは天使よ」 経歴は探偵でも調べられるが、未発表作品は部屋に侵入しない限り無理。興信所もそこまではやらないだろう。 「オレの頭の中が覗ける人間とは会話できない」 「わかった。もう覗かないから」 真顔もかわいい。この魅力光線は、確かに人間業ではない。 「あたしの話を聞く気になりましたか?」 「アパートはダメだ」 「じゃあ、翔君が大好きなステーキをご馳走しましょう。サラダバーもあるわ。野菜不足だからね。パンとコーヒーじゃ足りないでしょ」 ステーキが大好物とは、人にあまり話した覚えがない。 翔は辺りを見回した。おばあさんが公園に入って来ると、そのまま目の前を通り過ぎる。 「まさか」 「何?」 「オレにしか見えてないとかいう話じゃないだろうな?」 「アハハハ。とうとう人をお化けにしちゃったね」 弾けるような笑顔が眩しい。 「ライム」 「何?」 「年下のくせに翔君か?」 「自分こそ、はるか年下のくせにライムって呼び捨て?」 ライムが小首をかしげた。28歳には見えない。 「オレは27だぞ」 「知ってるよ。あたしは地球が誕生する前から宇宙にいたわ」 「じゃあ、28億歳か?」 「理科苦手だったでしょ?」 「うるさい」 二人は、歩いて行けるファミリーレストランに入った。 翔とライムはステーキを注文し、サラダバーでサラダを取ってきた。 ドリンクは、翔がワイン。ライムはオレンジジュースだ。 「翔君。あなたは、悪魔に狙われている。知ってた?」 「悪魔?」 「悪魔もあなたの重大な使命を知っているの。翔君はまだ自分が何者かをわかっていない。だから無名のうちに潰そうとする」 翔はペンを出したが、舌打ちした。 「ノートを持ってくれば良かった」 ライムがすかさずノートを出す。 「作品にするんでしょ。いいわ。これに書いて」 翔は驚きながらノートを受け取る。 「心を読んだな?」 「読んでないよ」 赤面しながら慌てるライム。翔は仕方ないという顔でノートを広げた。 「悪魔の定義は結構難しいんだ」 「任せて。あたしが本当のことを教えるから」 翔は素早くメモを取る。ライムはジュースをストローで飲んだ。 「あたしは、翔君を悪魔から守るために来ました」 「ロマンチックなストーリーだ」 「……」 前へ |次へ |
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