《MUMEI》 決裂「空いてるお皿をお下げしてもよろしいでしょうか?」 「はい」 ウエートレスが皿を下げる。ライムと翔は、ドリンクを飲みながら話を続けた。 「翔君。先に言うけど、あたしが話すことは全部本当のことだからね」 「いいよ。君をヒロインにしてあげる」 「まだ半信半疑?」 「エスパーだろ?」 「違うわ。天使よ」 翔はワインを飲みほした。 「天使は小さくて、頭の上に輪っかがあるんだ」 「それは人間が勝手に想像したんでしょ。天使とは文字通り天の使いよ。あたしを上座に上げて話を聞かなきゃ」 ライムが笑う。翔も笑顔で語る。 「じゃあ、悪魔はどんな存在だ?」 「あなたの心の中にもいるし、外にもいる」 翔は興味を持った。ノートにペンを走らせる。 「清らかな心で真っすぐ夢を追いかけて行こうと思うのに、失業して、借金が払えなくなって、嫌気が差す。悪魔は取り立て屋の身に入り、翔君の神経を逆撫でして、あなたの心の中の悪魔を呼び覚ます」 翔の顔が曇った。 「リアルだな。それは本当の話か?」 「本当の話よ」 「ライムは、まさか悪魔の使いじゃないだろうな?」 「アハハハ」 この明るい笑い声。やはり本物の天使かと思ってしまう。 「翔君は想像力豊かね。大丈夫。あたしはあなたの味方だから」 翔は頭が少し混乱してきた。エスパーではないのか。 「信じてくれた?」 「信じろというのが無理な注文だ」 「強情ですねえ」 翔はワインを飲もうとしたが、グラスが空なのに気づいた。ライムは近くを通ったウエーターに声をかける。 「ワインおかわりください」 「かしこまりました」 翔はライムを睨む。 「また約束を破ったな」 「機転よ機転」 「…サンクス」 「いえいえ」 ワインが運ばれてきた。翔はひと口飲むと、質問した。 「オレに重大な使命があると言っていたが」 「そうよ。重大も重大。悪魔が実在することを人間に伝えて、その傾向性を克明に暴く。そういう作品を、あなたが書くのよ」 翔は無言のままライムの顔を見ていた。 「それを手伝うためにあたしは来ました」 翔はワインを荒々しく飲みほす。 「オレにそんな大それた使命があるとは思えない。自分の生活も破壊しそうなオレに、何ができる」 「失業も偶然じゃないわ。書く時間をつくるためよ」 「何だと?」 豹のような鋭い目に変わる。 「時間があったって金がなければ地獄だろ」 「あたしが来たからにはもう大丈夫。あたしを信じて」 「オレはだれも信じない。わざと失業したみたいなこと言ったな今?」 翔が興奮してきた。ライムは少し慌てた。 「あたしの言葉が足りなかった。ごめんなさい。つまりこうゆうことよ。順風満帆じゃ悪魔と出会わない。でも地獄を見たあなたは悪魔の存在を体感したはず。すべて作品のためよ」 「ふざけるな」 「落ち着いて話しましょう」 ライムが手を握ろうとするが、翔は振り払う。 「金がないばかりにすべてを失った。何が作品のためだ」 「自分でシナリオを書いたくせに」 ライムの言葉。普通ではない。翔はやはり混乱した。 「シナリオ?」 「人生は劇なの。翔君本人が地球を選び、活躍する舞台を日本と決めて、人生のシナリオを描いた。そのシナリオを生命にインプットして生まれて来たの。それが人間の正体よ」 しかし翔は苦笑しながら言葉を返した。 「それは嘘だ。自分でシナリオを書くなら、もっとましな青春にするよ」 「映画だって順風満帆だけじゃドラマにならないでしょ。たまには逆風がないと」 「もういい」 翔は立ち上がると、ノートを突き返した。 「どうせ血塗られた道だ。オレは過去世に泥棒だったんだろう」 「だから金に困ってるって言うの。それは後ろ向きの古い運命論よ。お金のない苦しみを知るために貧困を体験したの」 「オレは天使じゃない。地獄の谷底でそんな前向きになれるか!」 翔は店を出て行った。 「手ごわい」 前へ |次へ |
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