《MUMEI》
幸福論
 翌日、田畑より先に眼を覚ましたらしいファファが物音も静かにベッドから降りた
傍らで眠る田畑へ微笑んで向けファファは台所へ
四苦八苦しながら田畑の為に、と朝のコーヒーを入れ始める
最近使い方を覚えたコーヒーメーカー
香ばしい香りが部屋中に広がり、その香りに釣られるように田畑の眼も冷めた
「ファファ?」
寝ぐせが付いた髪を更に手櫛で掻いて乱しながら起き上る
台所にて作業するファファを見つけベッドから降りた
それに気が付いたファファは、振り返るといつもの通り笑顔の挨拶だ
「正博君、お早うございます」
「おはよ。具合はもう平気か?」
「はい、もう大丈夫です。正博君、迷惑かけて、ごめんなさいです」
深々と頭を下げてくるファファへ
田畑は軽く肩を揺らすと彼女の頭へと手を置いた
「気にすんな。お前が元気になったんならそれが何よりだ」
「正博君……」
「それより、コーヒー、俺にもくれる?」
「どーぞです。正博君にと思って淹れてみたです」
照れたように笑って見せ、コーヒーカップを田畑へ
彼もまた返すように笑みを浮かべ、それを受け取った
一口飲んでみれば、
程良い濃さの苦味で田畑好みの味だった
「正博君、お味はどうですか?」
初めて淹れてみたその味が気になるのか、まじまじと田畑の顔を覗き込んで
そんなファファに向け、言葉に笑みを添えながら
「美味い。ありがとな、ファファ」
言ってやれば、満面の笑い顔がすぐそこ
田畑が喜んでくれた
ソレがファファには何より嬉しかった
初めて彼の役に立った気がして
自然と笑みがこぼれる
「ファファ、どうした?顔、笑ってるけど」
何かいい事でも思い出したのか、との問いにファファは素直に頷いた
だがその理由は言う事はせずに
ただ、頷くばかりだった
「ファファ?」
不思議気な田畑の顔
ファファは更に笑って見せると、何でも無いのだとだけ返した
普段と変わらない、穏やかで緩やかな時間の流れ
田畑が僅かに表情を緩ませた
次の瞬間
突然、、家の戸が強く連打された
「正博――!居る――?」
聞き覚えがある大声に、田畑は眉間に明らかな皺を寄せると扉の方へと向いて直る
「……また来やがった」
顔を顰め暫し戸を眺めていた田畑
だが、このまま放置しておくのは余りに近所迷惑になる、と
結局、とを開けるしかない
そして戸を開くなり、その迷惑な客は室内へと挨拶もなく飛びこんできた
「何よ、居るんじゃない!だったら早く開けなさいよ。外すごく寒いのよ。凍えるかと思ったじゃない」
喚き散らしながら勝手に上がり込んできたこの人物は、田畑の姉である瀬口 美佐子で
突然の来訪に、何をしに来たのかを怪訝な表情でつい問うた
「別に。理由なんてないわよ。たまにはアンタの顔も拝んどこうかなって思っただけ」
「なんだよ。その理由」
「いいじゃない。って事で、今夜一晩お世話になるから」
言いきって見せる
田畑の予定などお構いなしに
その傍若無人さに田畑の顔が段々引き攣っていく
だがそんな田畑に構う事はせず
美佐子の興味は彼の傍らにいるファファへと向けられた
「ちょっと正博!この可愛い子一体どうしたのよ!?」
その問い掛けに、咄嗟にファファの耳を隠しながらも返答してやる事が出来なかった
どう説明していいものかと思い悩む田畑を取り敢えず放り置き美佐子はファファへと向いて直る
互いの視線が重なり
一体どうしたのかを更に問うてくる
「……知り合いから預かってる」
何とも頼りない理由しか返せず
だが意外にも美佐子はソレで納得したらしい
わかった、と短い返事だけが返り
「それより正博」
「なんだよ?」
「私、お腹減った。なんかない?」
突然に、話が変わった
食べ物を所望する美佐子に
「ねぇよ」
短い返答
だがその程度で引き下がるほど彼女は控えめな女性ではない
「私、肉まん食べたいんだけど」
無ければ買いに行って来い、と言外に命令を含ませてくる美佐子に
田畑が素直に従う筈はない
「勝手に行って来い。近所にコンビニあったろ」

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