《MUMEI》 修羅の命馬上の武将は、大矛を上げると、パカッパカッと馬を走らせた。 「わあああ!」 「お化けだあああ!」 皆は我先にと叫びながら逃げて行った。 ライムは両手を広げながら武将に歩み寄る。 「強飛。ありがとう。助かったわ」 強飛は馬上から話した。 「危なかったな」 「どうしようかと思った」 「ミスだ。組み伏せられたらどうするつもりだ?」 「それは困るう」 甘い声を出すライムに強飛は呆れた。 「油断だな」 「反省してるんだから。そんなに責めないで」 笑いで誤魔化そうとするライム。強飛は話題を変えた。 「沢村翔には会えたか?」 「会えたけど話の途中で怒って帰っちゃった。でも諦めないわ。彼は女の子には甘いはずだから」 強飛はそれには答えずに、手綱を引いた。 「ではまた落ち合おうライム」 「頼りにしてます強飛将軍」 その頃、沢村翔は、喫茶店で仕事をしていた。 ビルの2階にある広い喫茶店。学生が勉強したり、ビジネスマンがノートパソコンを打ったり。 そういう図書館のような店で、いつも静かだった。 家にいても落ち着いて仕事はできない。翔はこの喫茶店でストーリーを練ったり、読書をすることが多い。 しかし、どこにでも自己中心的な人間はいる。 「はっくしょん!」 窓際のテーブルにいる若い男二人。 「はっくしょん!」 「うるせえよ」 もう一人も笑っている。ほかの客は嫌そうに二人を見た。これだけ咳エチケットがニュースでも言われているのに、自己中心的な人間には関係ないようだ。 「はっくしょん!」 手も当てずに、店中に響き渡る声でくしゃみをする。 「今度くしゃみしたら他人のふりするぞ」 「はっくしょん!」 くしゃみ男は、周囲を見回した。 「何見てんだこらあ!」 皆は目をそむけた。残念ながらバカは相手にできない。 沢村翔はウエーターを呼んだ。 「静かにしろと注意してくれ」 「いやあ…」 ウエーターは首をかしげて困った。 「できないならオレが注意するが、オレの注意は激しいぞ。死人が出るかもしれない」 ウエーターは困り果てた。 「もういい」 翔もわかっていた。注意してやめるなら、最初からやっていない。壁が薄いアパートでデカい声を出して話す連中も、原理は同じ。 (自己中だ) 自分さえ楽しければ他人はどうなってもいいと思っている。 自己中心的なエゴイストが急増している。翔は瞳を閉じて思索した。 何故か。これも悪魔の仕業というのか。 「はっくしょん!」 翔は席を立った。二人のテーブルまで歩く。 「何だよテメー!」 「選択肢は2つだ。ここで死ぬか、今すぐ店を出て行くか」 「何こいつ。殺していい?」 くしゃみ男は強がってもう一人に言ったが。 「行こうぜ」 「バカ、何ビビってんだよ」 「いいから、相手にすんな」 もう一人はくしゃみ男の腕を引き、逃げるように店を出た。 翔がテーブルに戻ると、ちゃっかりライムがすわっていた。 呆れた笑顔で首を横に振る。 「何が言いたい?」 「暴力では何も解決はしないわ」 「暴力はふるってない」 「殺すと脅せば暴力でしょ」 「自己中は人間として人数には入れてない」 「そういう翔君は自己中じゃないの?」 「何だと?」 翔は店を見渡した。 「今のオレはたぶん英雄だ」 「悪魔の思うツボね」 「どういう意味だ?」 ライムは翔の目を真っすぐ見た。 「翔君は修羅の命が強いのよ。そうすると、同じ修羅の命が強い人間が引き寄せられて集まって来る。修羅と修羅が出会えば間違いなく争いごとになる」 翔は目を丸くした。その表情を見て、ライムはさらに言葉を心に染み込ませる。 「思い返してみて。職場でも喫茶店でも、どこへいても頭に来る連中が近くに寄って来るのは、胸中の磁石のせいよ」 翔は愕然とした。自分が自己中を引き寄せていたのか。 「翔君。いつも菩薩の心でいてみな。優しい人が周りに集まって来るよ」 前へ |次へ |
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