《MUMEI》
大宇宙と小宇宙
沢村翔は改めてライムを見た。
「君は…本当に天使なのか?」
「声が大きいよ」
ライムが笑みを浮かべる。長い睫毛。澄んだ瞳。美しい表情。愛らしい唇。
心底魅了される。
「ライムの話、もっと聞きたい」
ライムはパッと顔を輝かせた。
「ホント。ありがとう。じゃあ、夜も遅いし、翔君のアパートに行きましょう」
翔がためらうと、ライムがすかさず言った。
「招かざる客は来ないから大丈夫よ」
「また心を読んだな」
「細かいことは言いっこなしよ男は」
ライムのペースに乗り、翔は彼女をアパートに連れて行った。
警戒しながら鍵を開ける翔。ライムは笑った。
「殺し屋に命を狙われているスパイみたい」
「天使にはわからないよ。人間の苦悩は」
二人は部屋に入った。ライムは裸足なので嫌でも脚線美が強調される。
「いい脚してるね」
「ありがとう。でも、変な気起こしちゃダメよ」
ライムは部屋を見回した。
「広いじゃない。2DK?」
翔は冷蔵庫からビールを出した。
「46億歳なら飲んでもいいだろう。見た目は未成年だけど」
ライムは笑顔で受け取ると、畳にすわった。
「だから46億なんて短い年数じゃないって」
「あっ」
翔は思い出したように机に向かい、ペンを握る。ライムはノートを机の上に置いた。
「はい。せっかくここまで書いたんだから、このノートに続きを書けば」
「サンクス」
いい感じだ。ライムは少し安心した。翔が自分を受け入れている。
「ライムは、何歳なんだ?」
「無始以来ずっと大宇宙で生きて来たわ」
「無視?」
「そう無始」
「虫か。モンシロチョウみたいな」
ライムは呆れた笑顔で立ち上がると、ノートに書いた。
「無始よ」
「無始?」
「大宇宙は無始無終の存在なの」
「無臭。匂いがないのか」
ふざけているわけではないらしい。人間の概念を超越した話だけに、ライムは懇切丁寧に語る。
「無始無終よ。大宇宙は始まりもなければ終わりもない無限の空間なの」
「ビッグバンベイダーはどうなるんだ?」
「科学とプロレスが混ぜこぜになってるわ」
「なってない」
ライムは笑みを浮かべると、静かに話した。
「ビッグバンの前はどうだったの?」
翔は宇宙空間を想像する。
「なるほどそうか」
「宇宙の始まりも宇宙の端も、考えるだけ無意味というくらいに、時間も空間も超えた無限の存在。そう、無限大というしかない」
ライムは核心に迫る。
「この大宇宙には、天使と悪魔が厳然と存在する。そしてこの大宇宙とそっくりな小宇宙は、地球の中にあるわ」
「地球?」
翔はメモすることも忘れて聞き入っていた。ライムは翔の胸を指差す。
「ここよ」
「肝臓?」
ガクンとなった。ライムが怒る。
「真剣な話のときはハズしたらダメよ」
「ごめん」
「人間の胸中に確かに実在する生命。生命は目に見えない。でもあると言えばあるし無いと言えば無い。科学的にも哲学的にも、生命にどれだけの力があるか。まだ解明されていない」
翔は恐る恐る質問した。
「あまり飛躍したことを書くと、ヤバいんじゃないのか?」
「今あたしが言ったようなことは、人類がとっくに探究していることだから」
「そうなのか?」
「科学が苦手な翔君が知らないだけよ」
「でも国語は学年トップだった」
むきになる翔を見てライムが微笑む。
「大宇宙と小宇宙。人類の英知はハイレベルだから、ここまでわかってしまった。生命は小宇宙。生命は限りなく重く尊いものと科学的に証明された。でもその生命は軽視されている。これが人間の難しさね」
翔は興味津々に身を乗り出す。
「どうしたらいい?」
「芸術家の出番でしょう」
ライムの一言に翔の心は燃えた。
「ライム…」
「きょうは寝ましょ。明日から特訓してあげる」
「特訓?」
「あたしこっちの四畳半使っていい?」
「マジか?」翔は焦る。
「襲ったらメガトンパンチだよ」

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