《MUMEI》 酒がすすみ、ほろ酔いになった僕は、祥子の顔をじっと見つめた。本当に繊細で、キレイな顔立ち。今まで出会った女達とは、明らかに違う雰囲気を、祥子は持っていた。 僕の熱い視線に気づいたのか、祥子も僕の顔を見返す。目が合った瞬間、僕は、彼女に言った。 「実は、俺、魔法が使えるんだよね」 唐突な台詞に、彼女は一瞬キョトンとし、それから吹き出して笑う。酔っ払いの戯言だと思ったのだろう。祥子は優しい目を僕に向けて、身を乗り出した。 「どんな魔法?」 からかうような言い方に、僕は大真面目に答える。 「何でも願い事を叶えられるんだ」 彼女はまた笑った。ひとしきり笑ったあと、祥子はこの上ない優しい笑みを浮かべ、囁くように言った。 「それじゃ、私の願い事、叶えてくれる?」 願い事? すっかり酔っていた僕は彼女の言葉を深く考えなかった。簡単に、「いいけど」と呟いて、続ける。 「タダじゃ、駄目。無理。ボランティアはしないの。俺の願い事きいてくれたらね」 僕の返事に祥子は笑い、「ケチな魔法使い」と呟いた。 そのあとは、ほとんど彼女とだけ他愛のない話を続けた。仕事のこと、家族のこと、プライベートのこと…当たり障りのない会話だったが、それでも僕は楽しかった。それはきっと、彼女も同じ気持ちだったと思う。 あんなに憂鬱だった飲み会の3時間は、あっという間に過ぎた。 2次会をするか否か、みんなで話し合っていたとき、突然、祥子は自分の腕時計を見て、「終電だから」と先に席を立った。僕はといえば、まだまだ彼女と話していたい気持ちがあったので、それは少し残念だったが、祥子を引き留めるのは諦めた。 「お先に、失礼しますね」 お金を隣の女に渡し、祥子は身仕度を済ませて、みんなに挨拶しながら個室を出て行こうとした。そこで僕も立ち上がり、彼女に近寄る。 「外まで送るよ」 そう、祥子に言ったとき、また同僚達が楽しそうに囃し立てた。困った顔をした彼女をよそに、僕は余裕の表情で彼等に手を振る。そうして祥子を促して、部屋を出た。 「別に送っていただかなくても…」 遠慮する祥子を無視して、僕はさっさと店から出る。祥子も諦めたようで、黙って僕に従った。 店から出ると、外はネオンが眩しくて、とても幻想的だった。 「今日は楽しかったです」 お決まりの台詞を、祥子は口にした。僕は祥子のキレイな顔を見返し、思い切って言った。 「連絡先聞いてもいいかな?」 突然の言葉に、祥子は驚いたようだった。黙り込んだまま、何も答えない。タイミングを外したかと思ったが、今、聞かなければ、もう彼女との接点が無くなってしまうのでは、と思った。 僕は怯まず、続けた。 「もっと松原チャンと話してみたいし…もし良ければ、今度は二人で…そのー…」 言葉が途切れ、沈黙が僕らを包む。 少し間を置いて、冗談めかして言った。 「これ、俺の願い事。叶えてくれる?」 必死に言った僕に、彼女は優しく微笑んだ。そして、柔らかな抑揚で、答えたのだ。 「是非、今度は二人で」 祥子の返事に、僕は舞い上がり、高校生みたいにはしゃいでしまった。お互いにアドレスと番号を交換すると、僕らはそこで別れた。 繁華街の中に消えて行く祥子の後ろ姿を見つめながら、僕は気持ちが高揚していくのを感じていた。 これは、運命なのだ、と。 そう思って…。 前へ |次へ |
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