《MUMEI》 男の手が伸びてくる 朱で汚れてしまっているらしく、拭ってくれた男の指先が紅に染まっていた それでも触れてくる指先は暖かく その温もりに安堵し、全てを彼に委ねてしまう 「三成、誰か来るぞ」 廊下の奥から迫ってくる足音が聞こえ、猫は男へ注意を促す だが男はさして慌てる事もせず 手近な窓を開けて放つと、高岡を抱え上げ屋上へと飛んで上がっていた 軽々とそこへと着くと、暫く立ち尽くし其処からの景色に見入る 「……全く昔と変わってはおらん様じゃな」 暫し続いた無音の時 それを打破したのは猫の声 男の頭上に座り、見覚えのある紙切れを広げながら眼下を眺め見ていた 「ちょっと、それ家にあった地図……!」 猫が我が物顔で見ていたのは高岡宅に在った古めかしいあの地図で 家にある筈のソレが何故此処にあるのか ソレを問うより先に、地図を猫が食べ始めていた 「何してんの!?あんたソレ紙……!」 慌てる事を始めた高岡を横眼に、猫は地図を食べ終えると満足気に息をつく 結局、食われ無くなってしまった地図 唖然とするばかりの高岡へ向け 猫は舌で口の周りを舐めとって見せると男の頭上から降りた 「何所か、行くの?」 ゆるりと歩き始めた猫 屋上から飛んで降りてしまったその後を、男は高岡を肩に抱え上げたまま追う事を始める 「ちょっ、何所連れてくつもり!?」 「多分、辻だ」 「はぁ!?多分って何よ!多分って!!」 現状に混乱してしまい、半ば八当たりの様な感情を向ける高岡 男は溜息をつくと、だが何を返す事もせずに其処から飛んで降りていた 「嘘ぉ!」 決して低くはないそこからの落下に 高岡は涙すら浮かべ叫ぶ声を上げる 落ちるのは一瞬ですぐ土の上 降りて立つと、男は猫の後を早々に追った 「信じらんない!普通あんな所から飛んで降りる!?」 走る男の後頭部の髪を引っ張ってやりながら文句を叫ぶ 喚き散らす高岡を無視し走る事を続けていた男が、その脚を不意に止めていた 着いたソコは一の辻 先に着いていたらしい猫の後姿が其処に在って 何かをまじまじと眺めていた 「何、見てるの?」 猫の後ろに立ち、見ている方へ高岡も視線を向けると 其処にあったのは道祖神 最初見た時とは明らかにその様子は違っていた 「……泣い、てる」 石に住まう仏の眼には、以前には見られなかった涙が 胸苦しさが、不意に高岡を襲う 「辻に迷うた魂達を嘆いておるのか」 重々しい猫の声 その背中は項垂れている様に見え、そして猫は徐に高岡の方へと向いて直った 「標糸」 少年の言葉を改めてまた向けられ ソレは一体何なのか、小首を傾げて見せる 「お主は、迷える魂達を辻から導きだせる道標だ」 「何?それ」 益々解らない、と訴える高岡 猫は表情豊かに困った様な顔を浮かべ、そして何を思ったのか、道祖神を突然に噛み砕いていた 「何やってんの!?アンタ馬鹿ぁ!?」 何とも罰当たりな行為に高岡は顔を引きつらせ 砕かれてしまったソレからは大量の朱が溢れ始めてしまう 「ほら!何かいっぱい出てきちゃってる!!」 這って迫ってくる周たちを見、猫の首の皮を軽く掴んでやりながら睨みつけた だが猫は相変わらず笑った様な表情を浮かべながら、高岡の小指を何故か銜える その直後に、高岡の目の前に現れた細い銀糸 一体何処から、とその糸を辿れば其処は自身の小指 「……何、これ」 長々と伸びるソレを見、訝し気な顔 気付けば、その銀糸に朱が群れる 初めてみた時の様な恐怖心は今はなく 高岡は朱を前に膝をついていた 「アンタ達、迷ってるの?」 まるで縋るように糸に群れる様を見、高岡は穏やかな声で問う その声にまるで呼応するかの様に朱は身群れる量を更に増し高岡を取り囲んでいた ソレらに手を触れさせて見れば 途端に高岡の視界が白濁に染まり その白濁の奥、朧げに何かが見え始めた ソレが徐々にはっきりと見え始め、声が聞こえ始める 子供が母親を求める声 母親が子供を捜す声 様々な嘆く声が聞こえ始める 耳に痛いほどの悲しみに耐え兼ね、高岡はその場へと座り込んでしまう 前へ |次へ |
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