《MUMEI》 夢の解読四畳半の部屋で、ライムと沢村翔は、向かい合ってすわっていた。 「ライム。オレは、実際に宇宙の中心に行ったわけではないよな?」 「違うわ。夢の中で映像を見せて、鮮烈なメッセージを送る。あたしたちがよくやる手法よ」 翔は目を見開いて驚く。 「夢は未だに解明されていないが」 「でもメッセージを送信しても悪魔が邪魔して、解読不可能なものにしてしまうの」 「なるほど。それで支離滅裂な悪夢が多いのか」 「常に善と悪。両方を見なければいけない。日本人は無宗教の人まで神は信じるくせに、悪魔の存在は完全に抜け落ちている」 翔は急いでノートとペンを出すと、強引にお膳をボディスラム。 「落ち着いて」ライムは笑った。 「善と悪。天使と悪魔か」 「宇宙それ自体が一つの大生命体なの。宇宙には生命を育み、慈しむ慈愛が満ち溢れている。一方ですべてを歪め、破壊する悪魔の働きがある」 翔のペンが走る。 「地球全体にも、人を幸福にする天使の働きと、人を不幸にする悪魔の働きがある。そして人の心の中にも、善と悪。天使と悪魔がいる。100パーセント善人という人はいない」 思い当たる節があり過ぎる。翔は自分の人生を振り返った。 嫌なことが続けば腹も立つ。理不尽なことをされれば頭に来る。侮辱されれば殺意も湧く。 でもこれはすべて、どこかで善の存在しか認めていないからこそ湧く怒りではないだろうか。 善の存在。哲学を本格的に学んだことがなくても、漠然と神と位置づけ、勝手に「神も仏もない」と天にツバを吐く。 そのくせ神はどこにいるのかと問われれば、答えられない。適当に心の中とか言ってしまう。 そういういい加減な話ではなく、そこに悪魔の存在を認めると、現実の出来事が見事に当てはまる。 つまり、悪魔の目的は自分を不幸にすることだ。ならば、それに応戦をしなければならない。 戦いとわかれば闘争心も湧く。これが「天が罰を与えている」と捉えると、矛盾が出てくる。 良いことをして罰が当たれば、人間やる気を失う。 「やってられるかバカバカしい!」といじけたくもなる。 翔は呟いた。 「悪魔だったのかあ…」 「そうよ」 「心を読んだな」 「ごめん」ライムは笑顔で誤魔化す。 「オレも約束破るぞ」 「何?」 「ライムに変なことしないって約束」 「アハハハ」 ライムは明るく笑う。余裕なのか。人間に押し倒される心配はないのか。 そう考えると、翔はまた夢のことを思い出した。 「ライム。なぜあの夢を見せた?」 「あれは本当の話よ」 「本当の話?」 翔が再びペンを構える。 「あたしたち天人は、未来の映像を見ていた。地球の誕生と人類の誕生。そして人類が誕生してすぐに悪魔が地球を支配する」 「悪魔が…」 「悪魔に支配された地球を、どうやって救うか。取り戻すか。そのときに勇敢な仏菩薩、善神、天人天女。あらゆる衆生が誓願を立てた。 『私が悪魔を追い払い、人々を救います!』 『正しい法を広め、皆を幸福にします』 そうやって誓願合戦は続いた。そのとき、大振動が起きて大地が割れた」 翔の手が思わず止まる。メモを取ることを忘れてライムの顔を真っすぐ見た。 「割れた大地から身を金色に輝かせた戦士が無数に登場してきた。この者たちは何者かとだれもが疑問を抱いたとき、過去の映像が映し出されたの」 夢にはなかった話だ。翔は身を乗り出して聞いた。 「金色に輝く戦士たちの活躍を大スクリーンで見たあたしたちは、畏敬の念を抱いたわ。まず忍耐強いこと。どんな苦難にも耐える強靭な精神力。そして難問答に巧みという特徴を持っている。つまり対話の名人。座談の達人。類い希な言論の闘士。さらに、恐れを知らない勇猛な戦士…」 「絶対オレは違うな」 「待って翔君」ライムは真顔で肩を触った。 「忍耐強いの時点でオレはアウトだ」 「人の話は最後まで聞かなきゃ」 「わかったよ」 前へ |次へ |
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